良いコラーゲンの日


 ~ 四月十五日(木)

   良いコラーゲンの日 ~

 ※肌肉玉雪きにくぎょくせつ

  真っ白きらきら美しい肌




 独特な、女子の香り。


 お袋のドレッサーが置いてあるあたりと同じ香りが。

 部屋一面。


「これで~。どうかしら~?」

「にょーっ!!! ぷるんぷるん! お肌、矢印三つ!!!」

「……通訳」

「生まれ変わったって言ってるんだろうね」

「なんで」

「リサイクルマーク」

「なるほど」


 本日お伺いしてるのは。

 お肌ケア友の会。


 本校ならでは。

 これほど意味の分からないクラブもなかろうと思うのだが。


 驚くなかれ。

 所属人数五十人。


 唯一無二の、予算が正式に下りる準部活なのである。


「なんで部活申請しないんですか?」


 ほんわかした雰囲気の。

 タレ目の部長さんに聞いてみると。


 随分テンポを外して。

 のったりと返ってきた言葉は。


「えっとね~。ユウレイ部員がほとんどだから~?」


 言われてみれば。

 なんとなく納得。


 新入部員獲得の機会だというのに。

 参加しているのは五人きり。


「みんな~。たま~にしか来ないの~」

「はあ」


 どうしてなんだろう。

 会員の皆さんそろって。

 ツヤツヤプルプル肌なんだけど。


 女子は誰だって。

 こんなお肌に憧れるもんなんじゃないのか?


 すこうしぽっちゃり目で。

 のんびりとした皆さんに。


 スキンケアにメイクに。

 いいようにいじられながらも嬉しそうな三人組。


 彼女たちだって、今にも入会しそうな勢いなんだけどな。


「先輩先輩! お肌、プルっプル! 指がほら! ぴとって張り付く!」

「おお、よかったな」

「なるほど、凄くためになるよ。ここはいいね」

「おお、よかったな」

「にゅ!」

「おお……? よかったのか?」


 三者三様。

 楽しむみんなだったが。


 そんな一同揃って。

 さらに目を丸くさせたおもてなし。


「なになに!? すっごいいい香りうわやべ鶏皮はタレだよね、くーっ!」

「……通訳」

「いや、通訳も何も」

「にゅ」

「ほんとにあるのか」


 この雰囲気だ。

 ケーキと紅茶とか。

 そんな物を想像してたのに。


 テーブルに並んだのは。

 鶏皮の焼き鳥に、牛筋。

 さらにはウナギ。


「なんだよこのラインナップ」

「お肌に~。いいのよ~?」


 ああ、なるほど。

 コラーゲン含有率の高い食いもんばっかしってわけだ。


 でも、この女の園に。

 まるで新橋のガード下的ラインナップがミスマッチ。


 しかも。

 とどめとばかりに現れたのは。


「鍋!? ……はっ! まさか!」

「そのまさか~」


 部長さんが蓋をとると。

 予想通り。


 この独特なベージュの肉は……。


「すっぽん鍋とは……」

「え? え? これがお肌の味方、すっぽん鍋!?」

「初めて食べる……」

「にゅ」

「予算があるからね~。いつも食べてるのよ~?」

「いつもっ!?」


 ああ、なるほど。

 所属会員が多いくせに。

 参加人数が少ない理由が分かった。


 こんなくどそうな料理。

 お肌にいいから食べなきゃって思っても。


 どんだけ頑張っても月一で十分。


「一つ聞きたいんだけど」

「なあに~?」

「今日いらっしゃる皆さんは、結構参加率高い方々ですよね」

「せいかい~。なんでわかったの~?」


 まるっこさ。

 とは言えないぜ。


 さて、こいつらは。

 そんな真実に気付いているやらいないやら。

 

「にょーっ!!! お肌のお手入れしてもらって!」

「メイクしてもらって」

「このご馳走だよどうしようね!」

「にゅ!」

「気づいちゃいねえ」


 でも、興奮しながらがっつくにょとにゅを横目に。

 いつものように親目線で見守る長女。


 こいつだけは、落ち着いてるんだな。


「興味ねえの?」

「料理は美味しいけど、美容とか化粧とかは、やっぱりちょっと」

「喜んでたくせに」

「そりゃ、少しはね。乙女ですから」

「おお」

「でも、これ見ちゃうとね……」

「なるほど。言いたい事はよく分かる」


 長女が指摘した、これ。


 真っ白に顔を塗りたくって。

 やたら長いつけまつげ。


 さらに、髪にあり得ない程カーラーでくるくるを作って揺らしてる不思議生物。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日のテーマは。

 お化けじゃなくて。


「あら、こちら良いお味ね。サーロインでござーますかしら」


 どうやら。

 セレブキャラらしいんだが。


「すっぽんのサーロインってどこ」

「そしてこちらの白は、ボルドーの2010年ものね?」

「台所の五分ものだ」


 白いグレープフルーツジュースを。

 グラスの中でくるくるさせてからちびりと舐めてるが。


 ほんと今日だけは。

 離れて歩きたい。


「どちらもお眼鏡にかなうお料理ざーすわね」

「なにがざーすだ。ちゃんとお礼言え、あざーすって」

「こちら、同じものを皆さんに差し上げて?」

「とことんボケ倒すね」


 秋乃の異様には、やんわり目をつぶって。

 皆さん、このボケの連打にくすくすと笑ってくださってるが。


 一年生ズの距離感の方が正しいですよ。

 こいつらみたく距離取って、知らぬ存ぜぬ決め込んで下さい。


「さすがにどうかと思うぞ? その髪とメイク」

「マンガ見てやってみたから、イメージ通り……」

「凜々花から借りてた少女漫画か。あれは平面だから成り立つの。足の長さが体の三分の二くらいあって初めて似合う」

「髪はゴージャスに、顔は陶器。長いまつげの高貴なセレブキャラ」


 バカ言うな。

 髪はバッハで顔は麿まろ

 まつげが武器の、ちょっとした合成生物キメラだ。


 そんなおバカにも。

 柔らかい物腰で部長さんが席から立って話しかけて来たんだが。


 ああ、やっぱり。

 ふくよかでのったりしてる理由は。


 席に残された小皿の枚数が証明してやがる。


「ちょっと手を失礼~。お肌チェックしてあげるわ~」

「おほほ。よろしくってよ?」

「……あら、ちょっと栄養不足かしら?」


 そんな指摘に。

 秋乃がとった不愉快な反応。


 俺をにらむなばかやろう。


 確かに、昼は炭水化物中心になっちまってるが。

 それはお前が弁当箱一杯に白飯詰めてくるせいだ。

 俺のせいじゃねえ。


「いつまでにらんでんだよ。わかったよ、ちょっとは考えてやるから」


 ふくれっ面で俺をにらむ秋乃。

 そのほほに。


 ぴっと小さな機械音。


「あら~。水分量も足りないわね~」

「だからにらむな膨れるな」


 しらんがな。


「舞浜先輩! こんな幸せなご飯を前にそんな膨れてたらトリケラトプスです!」


 相変わらず何を言ってるのかまるで分からない。

 にょ、担当の新田にった珠里しゅりちゃん。


 優しいことに、秋乃に焼き鳥串を差し出しながら。


「どうせほっぺを膨らますなら美味しいもので膨らましましょ! はい、あーん!」


 そんな言葉をかけてくれたもんだから。


 秋乃は、嬉しさと気恥ずかしさで、上手に開けることができない口で。

 串にかじりついて、嬉しそうにもぐもぐもぐ。


 ぴっ


「うふふ~。こうかてきめん~。水分量が上がったわ~」

「誤差の範囲でしょ」


 いくらなんでも即効性があり過ぎる。


 でも、女性って生き物は。

 美意識が常識を凌駕しているらしい。


「いやいや、秋乃」


 いつものお嬢様をかなぐり捨てて。

 ぱくぱくもぐもぐ。

 口の中へコラーゲンを放り込みだすと。


「にょーっ! ぼくも負けじと水分量あーっぷ!!」

「ま、負けない……。ぷるんぷるんはあたしのもの」

「ぼくだってぷるんぷるんになるーっ!!」


 しゅりちゃんと二人で大食い対決の始まり始まり。


「ちょ……。しゅり……」

「にゅ」


 さすがに戸惑う二人を尻目に。

 山のように積まれたおもてなし料理を詰め込む美の追求者たち。


「ぷるんぷるん……」

「ぷるんぷるんーーー!!」


 あれよあれよと食べ物が無くなっていくと。

 水分量測定器を手にした部長さんの目の前で。



 ぴっ

 ぴっ



「うははははははははは!」

「こ、これは、誤差じゃないわよ~」


 二人のお腹がブラウスのボタンを弾いて。

 ぷるんぷるんと飛び出した。

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