タイタニック号の日


 ~ 四月十四日(水)

   タイタニック号の日 ~

 ※猿の尻笑い

  自分のことは棚に上げて

  他人を笑う事




 悩める新入生トリオを。

 約束通り、ちょっと変わった緩めの同好会見学へ連れてきたわけだが。


「変な同好会……」

「だろ?」


 歯に衣着せないタイプの。

 三人組のお姉さん。

 二岡さんが呟いたのも無理はない。


「是非ともゆっくり体験して行ってくれたまえ!」

「はあ……」

「ぶ、部活なのこれほんとに!?」

「にゅ」


 三人を最初に連れて来たのは。

 学校そばの、それなり大きな池。


 ここは、釣り部と。

 手漕ぎボート同好会の活動拠点だ。


「た、楽しみ……、ね?」

「何と言うか、今日の髪形はボートに似あってる気がする」

「これは、おもて編みって言って……」

「聞いてねえ」


 表だか裏だか知らんが。

 飴色のさらさらロング髪を二つに編んで。

 おでこをしっかりセンター分け。

 おまけに黒縁の丸眼鏡をかけた昭和のお嬢さん。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日は、いじめられポジションの王道恋愛マンガヒロインを目指しているとか言ってるけど。


 俺は王子役なんて御免だからな。


 だって。

 俺が甘やかすと。


 悪役金髪縦ロールが現れて。

 俺の知らない所でこっそり。

 お前のことをいびりそうだから。


 そんなの不憫だからな。


 ……まさかいびり相手が。

 そうそうこれよこれ! とか興奮してるとも知らないなんて。



「さて、それじゃあ皆さんへ手漕ぎボートの魅力をお伝えしようと思うんだけど……」

「説明されるより、乗ってみた方が分かりやすいと思うんだが。一年生は三人で、俺は秋乃と乗ればいいか?」

「いや、そうはいかない! それでは手漕ぎボート最大の魅力が伝わらない!」


 三年生の部長さんが。

 爽やかに、白い歯を輝かせながら否定すると。


 男子ばかりの部員の皆さん揃って。

 思い思いに首肯する。



 なるほど、これは早計だった。

 男子ばかり四人、皆さん同じ魅力に惹かれて集まったんだろう。


 俺は姿勢を正して。

 部長さんの発言に耳を傾けた。


「手漕ぎボート最大の魅力を求め続けること丸二年! 晴れて女子と二人でボートに乗れるチャンスを手に入れたというのにそれを拒否するとはなにごとか!」

「じゃ、一年どもは三人で。秋乃は俺と乗ろう」

「にょー! いっちばーん!」

「やれやれだ……」

「にゅ」


 待ってくれと、泣いて懇願する同好会の皆さんを放っておいて。


 桟橋に係留されていた二艘のボートへ乗り込んだ俺たちは。

 意気揚々と出航した。


「中央にある島には近づかないでくれよ!」

「周りが浅瀬になってるから!」

「あと、船の上で立つのも禁止だ!」

「そしてなによりすぐに戻って来てくれ! 次は僕と乗ろう!」


 飢えた狼たちが大騒ぎする岸から離れ。

 ようやく静かになった池の上。


 俺は、彼らの主張。

 その意味を理解することになった。



 間にテーブルも無い。

 膝を突き合わせるほどの距離。

 二人だけの対面空間。


 照れくさくて、泳ぐ視線が。

 たまに交差するたび。


 オールを握る手が。

 少しずつ汗ばんで。


 これはドキドキしないはずはない。

 俺は大いに納得しながら。




 ……誰もいない目の前の景色に。

 大いに落胆していた。




「なぜ背中合わせ」

「ふ、船の先端、気持ちいい……、よ?」


 ボートって、後ろ向きに漕ぐのが普通なわけで。

 こいつがフィギュアヘッドよろしく先端にいたら。


 お互い、景色しか堪能できんじゃないか。


 俺は声を大にして言いたい。

 お前は、手漕ぎボート最大の魅力を何と心得る。


「こら、前半分に荷重がかかりすぎだよ。こっちに座れ」

「タイタニック……。全女性の夢」

「やれやれ、立て膝までにしとけよ? 立ったら危ないって言われただろさっき」

「そ、そこまで危ないことしない。……多分」


 秋乃の姿勢は見えねえけど。

 多分、両手広げて。

 悦に入ってるんだろうな。


 でも、そんな秋乃並みにバカなことやって。

 はしゃいでる一年生たちも気になって仕方ねえ。


「にょーっ! 楽しいねこれ一六タルトくるくるだよぼく大好物!」

「なにそれ? タルトがくるくる?」

「にゅ! にゅ!」


 いや、喜んでるのはいいことなんだが。

 先輩たちの言うこと聞けっての。


「お前ら! 危ないからそれやめとけ!」

「でもでも! 平均値で楽しんで分け合ってこそ友情!」

「あ、今のは……」

「通訳要らねえからやめとけって!」


 さっきから。

 ボートの右オール、左オール、後部の座席。

 五回漕ぐごとに、時計回りにローテーションしてるけど。


 交代するたび、船が左右にゆらゆら揺れて。

 危なっかしいったらありゃしねえ。


 それになんだか。

 どんどん真ん中の島に向かって左に進路をとってるような気がする。


 ローテーションしてるんだから。

 左右のオールの力は変わらないはずなのに。



 ……ん?



 ローテーションしてるから?



「まさか反作用!? ちょっと! 前見ろ前!」


 時計回りにくるくる回ってるから。

 船が左に旋回し続けてたのか!


「あれ? なんか……」

「危なくない!? これ、危なくない!?」

「にゅ……」


 いまさら、島への衝突コースをとってることに気付いた一年生たち。


 減速すればいいものを。

 パニックに陥って。

 にょーにょーにゅーにゅー騒ぐばかり。


「立哉君! 機関全開!」

「おお!」


 言われるまでもない。

 進路は真っすぐ、島と船との中間地点。


 みなぎる力は。

 俺の中の責任感へ。

 燃料投下してくれた秋乃の正義感。


「急いで!」


 切羽詰まった秋乃の声に。

 俺はがむしゃらにオールを引き続けた。


「た、助けて……!」

「にょー! 舞浜先輩がこっちに来てる!」

「にゅ!」

「まさか、自分の危険も顧みず!?」

「変な先輩なんて言ってごめんなさい!」

「にゅーっ!!!」


 間に合いそうだが、ここからが難しい。

 ぎりぎり、先端同士が軽く触れる程度。

 転覆しないように船を当てて速度を落としてやらねえと。


 俺は減速と微調整のために、前向きに座り直して。

 オールを水の中に突っ込んだまま、手に汗握る調整をする。


 後輩たちを助けないと。

 せっかく、こいつの優しさに気付いてくれた後輩たちに。


 秋乃のいい所を見せてやらねえと。



 あと少し。


 秋乃が伸ばす手を。

 歓喜で迎える三人組。


 そんな声に応えるかのように。

 秋乃は、もう大丈夫と言わんばかりに一つ頷くと。


 カバンからでかい水色のセロファンを取り出して。


「……ん?」


 頭からすっぽりかぶって。




 すべてを台無しにした。




「氷山!」



 ……うん。

 それは笑えねえ。



 一年トリオが乗るタイタニック号は、氷山にコツンと船首を当てて。

 ゆっくり方向を変え始めたんだが。


 そのリアクションたるや。

 冷たいことこの上なし。


「…………やっぱ、変な先輩だった」

「ぼくたちの感動を返せ」

「にゅ」

「な、なんで……っ!? 全女性の憧れなのに!?」

「あ、秋乃!? お前、無茶すん……っ!?」


 一年トリオの機嫌を取りたかったんだろう。

 秋乃は、船首から向こうの船に飛び移ったんだが。


「うおっ!!!」


 大きく揺れたこっちの船のバランスを立て直そうと。

 慌てて立ち上がった俺は。



 先輩方の忠告を守らなかった罰として。

 転覆した船から投げ出されることになった。

 



 ……ああ、よかった。

 俺、立つことのエキスパートに。

 まだ改造され切ってないようだ。




※ボート遊びに限らず、ロマンスには危険がつきものです!

 ルールを正しく守ったうえで楽しみましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る