パンの日


 ~ 四月十二日(月) パンの日 ~

 ※巍然屹立ぎぜんきつりつ

  抜きん出て優れてる人とか物とか。




「今日のなりたい自分は、もう終了か。まる一日くらい全うできんのか」

「む、無理……」

「なりたかったんだろ?」

「これは、あたしには十年早すぎた……」


 飴色のさらさらロング髪を。

 随分派手なお団子にした、自称ギャンブラー。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ついさっきまでは、自称ばかりでなく他称でも。

 ギャンブラーの名を欲しいままにしてたくせに。


 どうして最後はそうなる。


「ほら。みんなからあれだけ称賛浴びたんだ。景品を受け取ってこい」

「た、立哉君に権利を譲渡します……」


 朝、家の前で会ってから。

 まるでさまにならない鋭い目つきで。

 サイコロ二つを手の中でカチャカチャくるくる。


 呆れる俺を尻目に。

 次の駅で最初に乗って来るのは『男』とか予想して。


 先頭を切って入って来た、短髪、背広にネクタイ姿の女性にペコペコ頭を下げてた秋乃。


 もうやめとけという俺の忠告を無視して。

 学校に入るなり、入り口そばで行われていた抽選会で。


 内容を聞きもせずに。

 まあ見てなとか言いながら。


 五十個の中から、たった五個しかない当たりを引き当てて、大喝采浴びてたくせに。


「ほら行けよ、ギャンブラー。ディーラーっぽいお団子髪も似合ってるから、きっとみんな喜んでくれる」

「こ、これはギブソンタックっていう髪形で……」

「知らん。いいから行け」


 未だにオリエンテーションが続く。

 新入生の、本日の一、二時間目。


 ここ、体育館での。

 部活紹介視聴。


 正式な部が二十五個。

 準部活が五十を数える我が校だ。


 これらをすべて紹介し尽くすことなど。

 できようはずもない。


 例え正式な部だとしても。

 与えられるのは、三分限りの説明タイム。


 そんな状況だから。

 準部活が発表の機会を得るには。

 件のくじ引きで当たりを引くしかない。


「こ、これあげるから、立哉君が代わりに出て……」

「あのなあ。コロネ貰って何でも言うこと聞く奴なんてこの世に一人しかいねえだろうが」

「ど、どなた……?」


 俺は、秋乃に押し付けられたコロネを手に。

 一瞬だけ考えて。


 最適解を導き出すことに成功した。


「……お前は運命の女神に愛された女。どんなギャンブルでも連戦連勝」

「おお……」

「俺は、お前がろくに部活紹介も出来ずに帰ってくる方に、このコロネをベットするぜ」

「ふっ……。ならばこのコロネはあたしの物ね」


 面倒だが非常にちょろい、なりたがりガールは。

 俺がハンカチを振りながら舌を出していることも知らずにステージへ出る。



 すると。

 会場の空気が一瞬で変わった。



 もう、紹介は最後の三つを残すのみ。

 どれだけ真面目な子でも集中力なんかとうの昔に切れているはず。


 でも、息を呑むほどの美女が壇上に立った瞬間。

 まるで水を打ったように私語が止まった。


 しかも、全員の気を引く効果を発したのは秋乃の美貌だけじゃない。


 掴みはばっちり。

 胸の前に両手で持ったコロネ。


 何の真似だと思考を始めたすべての一年生から。

 今度は、考える力を霧消させるこの紹介。


『では、次は部活探検同好会の紹介です』


 体育館の広い天井。

 そのすべてを埋め尽くす『?』マーク。


 そりゃそうだ。

 誰だって初めて耳にする単語だろうよ。


 部活探検。


 さあ、会場の空気は完璧に掴んだ。

 あとは、どんな言葉でもいい。


 最初の一言さえ出れば。

 流ちょうに話せるはずだ。


 もっとも一つだけ。

 ある言葉だけ。


 言ってはいけない例外はあるけどな。




『お、おあつみゃりのみにゃさん!』




 …………うん。

 それ。




「戻ってくんなコロネを返すな背中を押すな」


 一気にざわつき始めた観客の前に。

 無理やり連れ出されたさらし者。


 しょうがねえ。

 時間も随分使っちまったし。


 さっと説明して。

 すぐに帰るか。


 俺は気軽に考えながら。

 口を開いたんだが……。


「えー、俺たち……? あれ? あー、あー」


 おいおい。

 今の一瞬で何が起こったんだよ。


 マイクの音が止まって。

 スタッフの皆さん、揃って慌ててるけど。


「…………俺、一旦さがろうか?」

「そのままで! すぐに直るから!」


 いやいや、このままでって。

 とんださらし者じゃねえの。

 恥ずかしいって。


 一年生たちの話し声も。

 めちゃめちゃ辛辣だし。



「あれ? 紹介、終わり?」

「何かのトラブル?」

「今やってるの、部活の実演なんじゃ……」

「結局何をする部なんだ?」

「コロネ持って、立ってるだけじゃねえか」

「じゃあ、立つ部か」

「言われてみれば、立ち慣れてる?」

「ああ、見事な直立不動だ」

「すごいな。どれだけ立ち慣れてるんだ?」

「あれは立つというものを極めた人間じゃなきゃできない」

「すごい」

「なんて立派な」

「まあ、入部はしないけど」

「俺も」



 そんな声が至る所から聞こえたもんだから。

 俺は司会進行役の先輩に向けて。

 思ったままの事をつぶやくと。


 ちょうど器材が直ったようで。

 見事にオンマイク。


「なあ。今、俺が立ち慣れてるって言ったやつ、殴ってまわって良いか?」


 途端に悲鳴で満たされた体育館。

 だが、これだけの騒音を割り裂くように。


 だみ声の雷撃が振り落とされた。



「なんて暴言を吐くんだ! 隅で立っとれ!!!」


 

 …………うん。

 お前も後で殴る。



「やっぱり……」

「そうなんだ……」


 今や、想像が確信に変わった会場。

 その隅っこに立つ俺に集まる視線。

 

 どえらい誤解をされた俺の隣に。

 秋乃が近付くと。


 俺に負けじと、ぴしっと凛々しく立つもんだから。


 逆に入部してみたいとか言い出す声まで聞こえてきやがった。


 ああ恥ずかしい。

 全部お前のせいだこの野郎。


「何か言いたい事はあるか? ギャンブルガール」

「……午前中一杯、立哉君がずっと立たされてる方におかず全部」

「なるわけあるか。それより謝れ」

「じゃあ、勝負……、よ?」

「あくまで謝らん気か、お前のせいで恥ずかしい目に遭ってんのに。しかもうちの部、立たされ部になっちまっただろうが」

「え……?」

「ん? なに驚いてんの?」

「……じゃあ、立哉君、部活と関係なく毎日立ってたの……?」

「うはははははははははははは!!! 熱心だな俺!!!」

「部長自ら率先して……」

「うはははははははははははは!!!」


 こら。

 時と場合を考えろ。


 立たされてるのに爆笑して。

 あいつが怒らねえわけはねえ。


 俺は、顧問権限により。

 以降の校内施設紹介の間。


 至る所で立たされ続けた。



「…………おかず、全部ゲット」

「くそう! 納得いかねえ!!!」



 その上、いかさまギャンブラーに。

 白米以外の全てを献上することになっちまった。


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