フォークソングの日


 ~ 四月九日(金) フォークソングの日 ~


 ※羊質虎皮ようしつこひ

  外見ばっかで中身なし




 二年生。

 なりたてほやほや。


 席順は今まで通りだけど。

 教室が変わって。

 意識が変わって。


 誰もが変化を自覚する中。

 その全員が敗北を宣言するほど変化した女。


「こ、これは、ハーフアップって言うの……、だぜ?」

「髪型の話じゃねえ」


 飴色のさらさらロングヘアを。

 半分束ねて残りを下ろして。


 イメチェンを図るこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 だが、そのイメチェンは失敗だろう。

 自らもっと上のインパクトで上塗りしてどうする気だ。


「おまえ……。どういうつもり?」

「いつも通りよ……、だぜ?」


 いつも。


 そうか、いつもだったか。

 そりゃ済まなかった。


 今まで気が付かなかったぜ。


 お前の膝に乗ったフォークギター。


「バカキャラになった……」

「ふっ……。違うぜ、バンビーノ。あたしは、頭がいい……、だぜ?」

「めっさバカな子のセリフ」

「それが証拠に。ほら」


 片手で開いた英語の教科書。

 三年生用を表すギリシャ数字。


 そんなの買うなんて。

 バカのすることです。


「……ね?」

「ね? じゃねえ。いいか? 昨日の友達沢山いるキャラとか、フォークギターキャラとか。もうちょっとやり方考えろ」

「なんで……、だぜ?」

「ほんとにそうなりたかったら、協力すっから。だからまず俺に相談しろ」

「そ、それじゃサプライズで立哉君驚かせられない……」

「二日続けて驚くどころか呆れてるわ」



 自分のなりたい自分。

 そんなものを目指すと言っても。


 昨日は無差別個人情報ばらまき女になって。

 電話番号変更手続きに付き合わされて。


 ほんと迷惑。


 今日は助けてやらねえからな?

 そんなかっこしてたら百パー狙われる。


「……舞浜。授業に関係ないものはしまえ」


 ほらきた。

 でも、とばっちりは御免だ。

 無視無視。


「はっ! こんな退屈な授業じゃ、あたしのフォーク魂は消せないの。……だぜ」

「ほう。退屈と言うなら、この問題を解いてもらおうか」


 一年の文法、総ざらい。

 なるほど暖機運転にはちょうどいい授業が始まっていたんだが。


 やれやれ。

 どうなることやら。


「ご覧の通り、三年生の教科書をめくるあたしにはお茶の子さいさい」

「まあ確かにそこまで難しい問題では無いのだがな。基本的な過去完了だから」

「過去……? ああ、そう、それな! もちろんわかる……、だぜ!」

「ではまずこれを和訳しろ」


 そう言いながら。

 先生が、チョークでゴゴッと丸く括った英文。


 Akira go to Hawaii.


「ふっ。簡単だぜ」

「当たり前だ。とっとと答えろ」

「後藤明、歯は、いい」



 …………なあ、聞いてくれ。

 肩を揺すって笑い堪えてるクラスの皆。


 今の、わざとだと思うだろ?


 でもそれが秋乃の全力投球なんだよ。

 最大スペックなんだよ。


 先生すら、上手いなとか苦笑いしてっけど。

 お前は知ってるだろうに。

 こいつの英語力が小野小町と同レベルだってこと。


「では、前に出てこれの過去完了を書いてみろ」

「そそっ、そんなの余裕……、だぜ!」


 もう、まるっきり余裕を失ったフォークソング女が。

 ギターを背中にまわして、さかさまに背負いながら前に出て行くんだが。


 長い髪がギターにひっからまって。

 そろそろ堪えきれずに吹き出す連中が現れた。



 ――なあ、秋乃。

 昨日もそうだったんだけどさ。


 お前のキャラ付け。

 なにからなにまで大間違い。


 本当のキャラ付けってのは。

 例えば、昨日の一年生の事件の時。


 誰より先に。

 彼女たちを助けた姿。


 そういうものでいいわけで。

 お前には、既に備わってると思うんだよ。



 でも、理屈はよく分かってねえんだけど。

 お前がそんな小学生みたいな自分アピールを始めたきっかけ。


 俺のせいなんだろ?


 だったら責任もって。

 見守っててやらなきゃいけ…………?


「うはははははははははははは!!!」


 俺が爆笑したのがきっかけで。

 さすがにクラスの連中揃って。


 堪えきれずに大笑い。


 そんな秋乃の珍解答。

 黒板に書かれた、『Akira go to Hawaii.』の過去完了。




 俺、元官僚、後藤明。キラッ✨




「「「「わははははははは!!!」」」」

「か、過去……、官僚……!」

「すげえな後藤!」

「あくまでも、歯がいいのか……」

「自慢げに見せた白い歯が腹立つな、後藤!」


 大騒ぎになったクラスの中で。

 一人、憮然とする先生。


 そいつが口を開く前に。

 秋乃は、無駄な抵抗を始めやがった。


「ま、待て! あたしは、三年の教科書で勉強するレベルの女!」

「それがどうした」

「二年生を教える先生が思ってる答えの方が間違ってる! 三年ではこう習う!」


 そして、むちゃくちゃな理屈で勝ちを拾おうとした秋乃に。


 先生が。

 神の鉄槌を落とした。


「…………それ、中三の教科書だぞ」



「「「「うはははははははははははは!!!」」」」



 やれやれ。

 しょうがねえヤツだ。


 でも、マジか。

 この責任を、俺が負わなきゃなんねえの?


 欠片も納得いかねえが。

 先生が、斜に構えたフォークガールを廊下送りにする前に。


 俺は身代わりに席を立って。

 廊下へ出ようとしたんだが……。


「保坂。……忘れ物だ」

「…………ウソだろ?」

「察しがいいな。さすが、一年間の経験は伊達じゃないと言った所か」



 新学年一発目。

 俺は、奇跡を体験する。


 なんと。

 この俺が。


 校内のどこにも立たされることが無いなんて。


 これから一年。

 ずっと、そうでありたい。



 ……なんて思うはずは。

 微塵もありはしなかった。



「…………おにい、なんで凜々花の教室で立ってるん?」

「問題ねえだろうが。お前と同じ教科書持ってるわけだし」


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