小ネタの日


 キャラ付けと一言で言っても。

 それには二つの種類があって。


 本人の印象操作による内部発信の物と。

 本人は自覚のない外部発信による物。


 誰しもまず、後者を体験して。

 前者を意識するというのが一般的なメカニズムなんじゃないだろうか。


 指摘されたカラー。

 それが嫌なら塗り替えようと努力するし。


 それが気に入ったなら。

 上からさらに塗りたくる。


 でも、メインの色ばかりじゃなく。

 話した人。

 目にしたドラマ。


 いろんな色と触れ合う度。


 多かれ少なかれ。

 その色が体にこびりつくのは必定。


 だから、俺は。


 慣れた都市迷彩。

 グレーの体の半分が。


 気付けばお隣りから。

 半身を違う色で塗りたくられて変えられて。


 これを成長と呼んでいいのか。

 悪影響と呼ぶべきか。

 悩んでいる間に。


 ……そんな答えを出す意味を失った。


 変身するのと息巻いていたお隣りさん。

 今度は何色のペンキをかけてくるのやら。


 今度の色は。

 俺を進化させるのか退行させるのか。


 頼むから。

 ちょっとはまともな色を塗ってくれ。



 そして、こんなことを言った後だと説得力はないかもしれんが。


 新入生諸君。

 新しい色、知らない色。


 どんどんいろんな色と出会って。

 自分を望み通りの作品にしてくれたまえ。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第12笑


 =気になるあの子と、

  先輩ヅラしてみよう!=




 ~ 四月八日(木) 小ネタの日 ~

 ※意気衝天いきしょうてん

  元気マックス、やる気全開




『……では、新入生代表挨拶。代表者は前へ』

「はいっ!」

「…………立っとれ」


 春。

 桜。

 新たな一ページ。


 これらから連想される言葉と言えば。


「手、上げる? なりたかった自分って。バカってこと?」

「な、なんでもやる気持ちが、から回った……」


 式典参加者。

 ご来場者。


 皆さんから変な人認定されたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらロング髪を。

 今日は毛先だけ少し緩く内巻きにして。


「ワンカールって言うの……、よ?」

「聞いてねえ」

「見てたから」

「見ちゃいねえ」


 入学式のお手伝い。

 うちのクラスの半分くらい。


 悪目立ちする連中ばかりが集められたスタッフ席で。

 静かにパイプ椅子から立ち上がった。


「あっは! 島から帰って来てから、秋乃ちゃん、すっごい積極的!」

「うん!」

「これを積極的って」

「でもさ、保坂ちゃん。ほんとに保坂ちゃんのおかげじゃないの?」

「何度も聞くな、ほんとだって。こいつ、勝手に悩んで勝手に自分で解決して、それで……」

『次に、在校生代表挨拶。生徒会長の……」

「はいっ!」

「…………立っとれ」

「俺を見ながら言いやがった! くそうなんという連帯保証人制度!」


 それで、勝手に。


 すげえおバカさんになりやがった。



 今までは、たまーに発動していたなんでもやりたガール。


 その撃鉄が常にがっちゃんがっちゃん。


 今日、家から学校に来る間だけで。

 保護者としての自覚を無理やり叩き込まれた。


「すれ違う人すれ違う人、全員と友達になりましょうとか言って歩くから。お巡りさんに三度も叱られて」

「お、お友達沢山キャラになりたかった……」

「それは意味がまったく違う」

「でも、おかげで、携帯のお友達が百人越えた……、よ?」

「危険すぎるからあとで消去だ」

「ええっ!?」


 そんなびっくり顔したってダメなもんはダメ。


 俺の十倍も登録してるとか。

 許せるわけねえだろうが。



 あと。


 大声上げんな。



「…………立っとれ」

「すまん、かたじけない」

「あっは! 苦しゅうないでござるよ!」


 とうとう、スタッフ席から三人目の犠牲者。


 壇上の生徒会長も、どうしたものかオロオロするほどざわつく会場。


 そんな中。

 新入生の席の一角から。



 急に大声が上がった。



「わ、私じゃない!」

「でも、ぼく見たもん! その子に返してあげなよ!」


 何の騒ぎだろう。

 でも、立ち上がって騒ぐ二人とも。


 このままではせっかくの入学式が悲しい思い出になってしまう。


 かつての俺じゃ、あり得ない。

 そんな感情を抱くようになった俺の横から。


 飴色の髪をなびかせて駆け出した。

 悲しい気持ちというものを教えてくれた正義の味方。


 そんな秋乃が、颯爽と二人の腕をとって。

 体育館横の扉を開けて外に……。


「まてまて! 三人連れてってる! 多い多い!」


 今度はドジっ子属性か!?

 キャラ付け欲張るな!


 ……いや。

 秋乃がこういう時間違うはずはないか。


 その子に返せと一人が言ってたからな。

 事件の当事者は三人か。



 俺も慌てて後を追って。

 扉を閉めた所に、今にも泣き出しそうな三人の一年生。


 そんな彼女たちを前に。

 秋乃は、ポケットから一輪の造花を取り出して。


 三人の顔の前をゆっくり左右に往復させると。


「あ、ちょっと待ってね?」



 もう片方のポケットから黒いストロー状の筒を出して。

 花に、上からすぽっと被せた。



「うはははははははははははは!!! 秘儀・タネから始まるイリュージョン!」

「逆だった……」

「うそつけわざとだろ! 小ネタ携帯して歩くな!」


 秋乃の逆手品か。

 俺たちのやり取りを聞いてか。


 少し肩の力を抜いた一年生たち。


 よしよし、秋乃のおかげで、掴みはばっちりだ。

 これなら俺の話もちゃんと聞いてくれるだろう。


 俺は、走りながら頭に書き込んでおいたセリフの内ひとつを。

 ここぞとばかりに読み上げる。


「入学式で不安なのは自分だけじゃない。三人共さ、今の相手の気持ちを考えてみろよ」

「あ……」

「う……」

「にゅ……」


 ん?

 なんだ今の。


「ご、ごめんね、二人とも。大声上げて……」

「ぼく、あの、ほんとにごめんなさい!」

「にゅ」


 この、真ん中の小さい子。

 やたら便利だな、その言葉。


 まあ、それはさておき。

 揃って猫っ毛の三人組。

 みんな素直でよかったぜ。


 あとは、騒ぎの原因さえ分かれば……。


「ほい、お待たせ」

「お? 甲斐」

「これだろ? 床におっこってたぜ」

「おお、さすが。それだそれだ」


 じゃ、後は任せたと。

 男前に去っていく甲斐。


 あいつが持ってきてくれたのは。

 新入生が腰に着ける桜の飾りだった。


「あ……っ! ご、ごめんなさい! ぼく、なんてことを……!」

「にゅ……」

「ううん? 平気よ。見つかってよかった」


 うんうん、なるほど。

 それを盗ったって勘違いしたんだな。


 これにて一件落着。

 俺は胸の中で舞台の幕を引いたんだが。


 そんな幕を、するすると再び開いた秋乃が。


 素敵なカーテンコールを提案した。


「それなら、みんなで……。お友達に……、ね?」


 そして、手にした携帯をちょんちょんと指差してみせると。


 一年生たちは、笑顔で携帯を取り出した。



 ……ああ。

 思い出すな。


 そうか。

 あれから一年が経つのか。



 俺たちを繋いだ縁も。

 携帯だったよな。



 入学式で、誰しも思う事。

 素敵な友達が出来ますように。


 お互いを思いやることができるこの三人なら。

 きっと、素敵な友達同士になれることだろう。


 桜の花びらが舞う体育館裏。

 三つの携帯がゆっくりと近付いていく。


「じゃあ、ぼくのID送るね!」

「私も。……うん、来た」

「にゅ!」

「やった、三人もお友達出来た……」

「三つって言ってんじゃん! 携帯! 三つって言ってんじゃん!」


 どうして桃園の誓いに割り込んでんだよ忙牙長!

 お前が出てくんのずっと後!


「せっかくいい感じにまとまったのに台無しだよ! 見ろよ、三人共ドン引きだ!」

「にょー! 綺麗だけど、変な先輩! 危険! 削除!」

「私は、ちょっと怖い……。削除」

「にゅ……」



 新しい生活。

 新しい友達。

 新しい自分。


 桜の舞い散る体育館裏。

 俺は、しょんぼり肩を落とした秋乃の携帯から。



 三人のIDを消去した。

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