エピローグ

「それにしてもあんたが母親かぁ。少しお腹目立って来た?」


千歳といつものカフェでランチ会中。


「うん。自分でも実感沸かないけどね」


少しふっくらしたお腹をさすりながら食後のパンケーキを頬張る。

幸いな事に、つわりがそんなに酷くない私はこうして好きな物を好きなだけ食べている。おかげで、3キロほど太ってしまった。


……先生には太り過ぎに注意、ってクギをされたけど。


「そう言えば、双方のご両親の反応は?どうだった?」


「淳一さんの所はこの子が初孫みたいで、すごく喜んでた」


「へ~。紗月の両親は?めっちゃ喜んでたでしょ?」


「……まあね」


「ん?どした?浮かない顔だけど」


「いや……ちょっと思い出したくない事を思い出しまして……」


「へ?なに?」


「うん……」


結論から言うと、めちゃめちゃ恥ずかしかった。


会議室でプロポーズされたすぐ後に淳一さんが「お義父さんに殴られる覚悟もしておくよ」とド緊張でうちの両親に挨拶に来てくれたんだけど、殴る所かお父さんもお母さんも結婚&妊娠を報告した途端、手放しに喜んじゃって。


イケメン捕まえた!とか、玉の輿だ!とか、今日は宴だ!とか、色々……。


「その後、お兄ちゃんと弟も加わってホントに宴会始まっちゃって……淳一さんも巻き込んで飲めや歌えやでもう大騒ぎ。ほんっと恥ずかしかった」


江戸っ子を謳っている両親はお祭り騒ぎが大好きで、すぐにどんちゃん騒ぎをしたがる。ほんと止めて欲しいわ、アレ。


「あっはっはっは!紗月の家族は面白いね!」


千歳が涙を流しながら笑っている。


「笑い事じゃないよ……」


……まぁでも、淳一さんはすごく楽しかったって喜んでいたいたしあれはあれで良かったのかな。


「あ……」


パンケーキを食べ終えオレンジジュースで一息付いていると、千歳が何かに気付いたように私の後ろを指さした。


「え?」


指さされた方を振り向くと、そこには淳一さんの姿。


「え?なんで?どうしたんですか?」


突然の登場に、私は頭を傾げる。


「あー……ちょっとその辺を、ブラブラ?していた……」


頭をポリポリ掻きながら、淳一さんがちょっとバツが悪そうな顔をしている。


「はあ……そうですか」


と、私がよく分かっていない様な返事を返すと、千歳に「ちょっと……」と肩を叩かれた。


「え?なに?」


叩かれた肩を押さえながら千歳を見ると、「え、マジか……」と言う顔をされた。


「課長、心配してあんたを迎えに来てくれたんでしょ」


とコソッと耳打ちされ、え、と思った。

私はそんな事頼んでないし、淳一さんもそんな事一言も言ってなかった。


「でも、これから一緒に買い物……」


「そんなん今度で良いから、課長と一緒に帰りな」


「え~、そんなぁ……」


今日は前々から楽しみにしていたお気に入りのお店の優待セールの日。


(昨日、あんなに楽しみにしている、って言っておいたのに……)


なかなか動かないでいる私に、千歳がバッグを押し付けて、ホラッ!と急かす。

私は肩を落として恨みがましく淳一さんを睨んだ。

一言文句を言おうと思ったけど、テレテレニコニコしている淳一さんを見たら、更に肩の力が抜けてしまった。


「……はぁ」


押し付けられたバッグを肩にかけ、「ごめんね。じゃあお先に」と千歳に声を掛けてカフェを出た。

振り向いて千歳を見ると、微笑みながら手を振っているので、私も手を振った。


「バッグ持つよ」


そう言って淳一さんが手を差し出してくれたので、私は素直にありがとうございますと言って肩にかけたバッグを手渡した。

ゆっくり、手を繋ぎながら私の歩幅に合わせて歩き出す。


「今日はいい天気だな。散歩日和だ」


空を見上げながら淳一さんが呟く。


「そうですね」


確かに、今日はすごく良い天気。


「……あの」


「うん?」


「ありがとうございます。迎えに来てくれて」


「うん。どういたしまして」


雲一つない青空と楽しそうな淳一さんを見ていたら、セールに行きそびれたなんて小さい事をネチネチ悔やんでいる自分がちっぽけに思えた。


「あ……」


私はお腹を押さえて立ち止まる。


「ん?どうした?お腹、痛いのか?」


淳一さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「動いた……」


「へ?」


「今、動きました!ここっ!」


お腹の下部分を指さすと、本当か!?と淳一さんが指さした場所を触る。


「……何も感じないぞ?」


「動くの止まりました」


「そっかぁぁぁぁぁぁ」


ガクリと肩を落とし、お腹から手を離す。


「また動きますよ……あ、ホラ、また」


「どれ!?」


今度はお腹全体をペタペタ触ってみるけど、やっぱり淳一さんが触り始めると動くのを止めてしまう。


「……ドンマイ☆」


グッ!と私が親指を立てると、恨めしそうにジッと私を見て、トボトボ歩き始めた。


「え、そんなに?」


そんなにガッカリするものなの?


先を歩いていた淳一さんがクルっと方向転換して私の元へ戻って来る。


「ん」


手を差し出されたので、その手を掴握ってまた歩き出した。


「その内この子も慣れてくれますよ」


「ん……」


ちょっとイジけた淳一さんが可愛くて、フフと笑う。


「淳一さん」


「うん?」


「猫、飼いませんか?」


「え……」


私の突然の提案に、淳一さんは驚いている。


「真っ白い、新雪みたいな綺麗な毛並みの」


「紗月……うん…うん……っ!」


淳一さんが、目元をグッと拭った。それを見て私がよしよし、と頭を撫でると、ありがとう、と言って頬にキスをして来た。

突然の事で私が口をパクパクさせると、淳一さんがしてやったり、みたいな顔をしている。


「もうっ!」


恥ずかしがっている私を見て、ハハハ、と淳一さんが笑っている。


目の前には愛しい人と澄んだ青空。


(早く、会いたいなぁ……)


そう思いながらお腹をさすると、ポコポコと元気に動いて愛しい我が子が応えてくれた。


『もうすぐ会えるよ』


そう言ってくれているようで、私は笑った。



―完―




――ちなみに、淳一さんの呼び掛けにこの子が反応する様になるのは、この時から大分あとの話になる。



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身代わりペット 咲良 緋芽 @hime-sakura

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