騒動のあと
あの騒動から3か月――。
すっかり平穏を取り戻した私は、バリバリ働いていた。
……と、言いたかった。
「言いたかったですよ!この状況、なんですか!?」
私は今、いつもの会議室で淳一さんに膝枕をしてもらっていた。
「ん?どうした?」
「どうしたじゃないです!もう会社でこういう事は止めましょう、って言ったじゃないですか!?淳一さんも分かったって言ってましたよね!?」
「ん~、でもなぁ」
「でもなぁ、じゃないです!!」
私が怒っているのに、淳一さんはご機嫌で鼻歌を歌っている。
「毎日の様にこれやってるんですから、会社にいる時くらい我慢して下さいよ!じゃなきゃこっちが困るんです!仕事進まないし!」
想いを確かめた合ったあの日から、どうやら淳一さんのタガが外れた様で、毎晩コレをやらされている。それなのに会社に来てまでこんなんでは仕事が進まないし私の身が持たない。
「何度も言ってるだろう?別に紗月をルイの代わりにはしていない、って」
淳一さんがニコニコしながらお馴染みのブラシで私の髪をブラッシングしている。……その表情で言われても、まっっったく説得力がない。
「淳一さん、いつまでも公私混同は良くないですよ。オフィス内の風紀が乱れます」
「そうか?みんなちゃんと分かってるから大目に見てくれるよ」
「でも、中には好奇の目で見ている人もいますよ」
「まあ、多少はそう言う目も織り込み済みだよ」
「気にならないんですか?」
「全然」
「私は気になります」
「気にしない方が良いよ」
ニコニコしながら私の説得をのらりくらりかわす淳一さん。
……ダメだこりゃ。
「はぁ。もう好きにして下さい」
いっそ気が済むまでやらせた方が早く終わりそうな気がして、ため息交じりに言った。
「うん。ありがとう」
静まり返る会議室。時計の秒針の音がリズミカルで眠気を誘う。
そう言えばあの騒動の後、和矢と新井麗子は会社をクビになった。
悪行の噂はたちまち広がり、すぐに社長の耳にも届いた様で、私、千歳、和矢、新井麗子が社長に呼び出され、事情を聴かれた。
最初、和矢と新井麗子は色々と弁解をしていたけど、千歳の録音した音声が証拠となってあっけなくお縄になった。その日付でクビを言い渡され、それからあの二人の姿は見ていない。
どうしているのかも興味ないし、自業自得だと思っているので同情もしていない。
「……そうだ。淳一さん」
「うん?」
「私の住む所なんですけど」
「またその話か?だから、このまま一緒に住めばいいじゃないか」
「はい。そうしようと思って」
「強情だなぁ、一緒に……え?」
淳一さんが目を丸くしている。
「今、なんて?」
「だから、一緒に暮らしたい、って言ったんです」
その言葉を聞いて、淳一さんの目がパァァァッ!と光り輝く。
「そ、そうかそうか!うん、それが良い。それが良いよ!」
うんうん、と頷く淳一さん。
「はい。これからは3人になりますがよろしくお願いします」
「うんうん。3人でもなんでも……ん?3人……?」
私の言葉を理解していないみたいで、首を傾げる。
「はい。私と、淳一さんと、お腹の子と、3人です」
「…………は?」
「ですから、私、淳一さん、私達の赤ちゃんの3人です」
「……………ええぇぇぇぇぇっ!?」
私の言葉をやっと理解したみたいで、淳一さんが会議室中に響くくらい大きな声で叫んだ。多分、会議室の外にまで聞こえた気がする。
「淳一さん!声が大きい!誰か来たらどうするんですか!?」
「だだだだ、だってだって!え?あ、赤ちゃん!?赤ちゃんって、あの赤ちゃん!?」
淳一さんはパニックになってよく分からない事を言っている。
ま、こうなる事は予測済だった。急に赤ちゃんが出来た、なんて言われてもビックリするよね。
「はい。あの赤ちゃんです。私と淳一さんの赤ちゃんです。2週目に入りました」
「………………」
聞いているのか聞いていないのか、淳一さんが呆然としていて私の声に反応しなくなった。
「あの、淳一さん?」
あれ?もしかして、喜んでない……?
淳一さんなら喜んでくれるとなにも疑わずにいたけど、もしかして別れよう、とか言われない、よね?
「あの……」
起き上がり、淳一さんに手を伸ばしたら、その手をいきなりガシッ!と掴まれた。
「わっ!」
「結婚しよう!元気な赤ちゃん、産んで下さい!!」
とこれまた叫ばれた。
課長の勢いにちょっとびっくりしたけど、
「……はい!」
と、私も負けじと大きな声で返事をする。
良かった。ちょっとだけ淳一さんを疑っちゃったけど、要らぬ心配だった。
だって、とびきりの笑顔を見せてくれている。
「幸せにするから」
そう言われ、そっと抱き締められる。
「はい。私も淳一さんを幸せにしますからね」
私も、ギュッ…と淳一さんに回した手に力を込めた。
少しの間、抱き合う。
「……ん?」
なんだろう。私達じゃない気配と、視線を感じる。
余韻に浸っていたいけど、その違和感の方にクルっと視線を回してみると、入り口の所に千歳含む数人のギャラリーが立っていた。
「……え!?」
私は淳一さんの腕から体を急いで離した。
「え!?なに!?」
「なに、じゃないわよ。余りにも帰って来ないから心配になって来てみたら……外まで会話が丸聞こえよ」
千歳が腕を組みながらこめかみの辺りに手を置いて、呆れた様にため息を吐いた。
後ろにいる数人のギャラリーが目をキラキラさせてうんうん、と頷いている。
「とにかく、おめでたいけどいい加減仕事に戻って頂戴。課長も、もう気が済みましたね?」
千歳が少し厳し目な視線を私達に向ける。
「はい……」
その迫力に、私と淳一さんが肩をすくめて返事をした。
「よろしい。みんなも色々聞きたいんだろうけど、後にしてね。仕事が先」
千歳がギャラリーに釘を指す。
「は~い」
千歳を怒らせると怖い、ってみんな知ってるから、異論を唱える人は私達含め誰もいなかった。
私、課長を含め、みんなが自分の席に戻る。その道中、千歳が私にボソッと「おめでとう」と耳打ちして来た。
「……ありがとう」
さっきとは違う、優しく微笑む千歳に私は密かに涙を流した。
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