和矢の策略2

その時突然――、


「中条紗月いる~~!?」


と、大きな声で私を呼ぶ声がして、私含めオフィスにいる全員が声のする方を振り向いた。


「なんで……」


そこには、ニヤニヤしながら何か紙の様な物を持って立っている和矢の姿。の横に、何故か新井麗子の姿もある。

何かイヤな予感がしたけど、和矢を見るなり私は身体が硬直して動けずにいた。


「あ、いたいた。紗月~!」


と、私を見付けた和矢は、名前を呼びながらこちらに向かって来る。その場にいる全員が「何事か?」と和矢を視線で追った。

和矢を追った視線の先にいた千歳が不意に目に入ると、もの凄い形相で和矢を睨んでいる。それこそ、般若の様な形相で。


「なんにも連絡くれないからこっちから来てやったよ~。ありがたく思えよな」


そう大声を張り上げて近付いて来た和矢が、私の目の前で足を止める。


「……なんの用?」


カラカラに乾いていた私の口からかろうじて出た言葉はそれだった。


「なんの用、って酷いなぁ。昨夜メールしただろ~?」


持っている紙をペチペチと反対の手に打ち付け、ニヤッ…と笑った。


すると、


「コレ!どう落とし前付けるのかって聞いてんだよ!」


そう叫んだかと思うと、持っていた紙をみんなに見える様に床に叩き付けた。その場に居た全員が、首を伸ばして床に叩き付けられた紙切れを見る。

それは、昨日送られて来た写真とは別の、私と課長のツーショットの写真だった。しかも、課長のマンションに二人で帰って行く写真ばかり。それと、和矢と私のツーショットの写真もある。


「なっ……!?」


一瞬で、オフィス内がザワ付く。


「みなさーん!この中条紗月さんは、僕と付き合っていながら上川課長ともお付き合いをしていたんです!つ・ま・り、浮気ですよ、ウ・ワ・キ!」


和矢の言葉に、一層ザワ付くオフィス。


「ちょっ……!」


予想外の和矢のこの強行に、私の体から血の気が引いた。


「やめてよっ!!」


私は、床に散らばった写真をかき集めた。


『え?中条さんって課長と付き合っていたんじゃないの?』


『中条さんが浮気?』


『マジで?ウソじゃなくて?』


『だって、写真あるよ?』


『え~、人は見かけによらないね~』


『クソビッチじゃん』


と言うヒソヒソ声が、どこからともなく聞こえて来る。


(違う!私はそんな事してない……っ!)


私は耳を塞ぎ頭を抱えると、和矢は勝ち誇った様にフフンと鼻を鳴らして床に散らばった写真を指さして言い放った。


「こんなビッチな女、みなさんはどう思います!?僕たち、結婚の約束までしていたんですよ!?婚約してたんです!!」


涙目で訴えかける和矢に、オフィス内のみんなが同情の目を向ける。

反対に、軽蔑の眼差しが私に向けられた。


「婚約なんてしてな……」


私が反論しようとしたのと同時に、


「ワタシも見ました!この写真は証拠としてワタシが撮りました!」


今まで黙って和矢の隣にいた新井麗子が急に声を上げる。


「落ち込んでいる和矢さんをたまたま見かけて……。和矢さん、裏切られた、ってすごく悩んでました…落ち込む彼を見ていられなくて、ワタシも証拠集めに協力したんです……そしたらこの人、上川課長と同棲なんかしてて……」


新井麗子がハンカチで涙を拭きながらみんなに訴えかける。すると、特に男性社員から「最低だな」と言う声が上がった。


「ちがっ!私浮気なんてしてない!結婚の話も婚約もしてないっ!!私はもう何か月も前に別れたい、ってメールを送ってる!課長とのこの写真だって、その後に撮られたもので……アパートが火事になって、そんな私をたまたま居合わせた課長が不憫に思ってそれで……皆さんも知ってますよね!?」


私はいたたまれなくなり、声を荒らげた。しかしみんなは私から顔を背けて、私の問いには答えてくれない。


(そんな……)


知ってるハズなのに、どうして!?


「証拠は?」


「え……?」


「俺、別れたい、なんてメール貰ってないんだけど?なんならケータイ確認するか?」


和矢は自分の携帯を取り出し、目の前に差し出す。


「そんなの、消してしまえば証拠は残らないじゃない!」


「んじゃ、お前の送信履歴を見せて見ろよ。送ったって言うならお前の方は残ってるだろ?」


そう言われて、私はグッと黙った。出来るものなら見せてやりたい。でも……。


(私の方だって消しちゃったのよ!!)


キッ!と和矢を睨むと、何故か勝ち誇った様に笑っている。私が証拠のメールを持っていない事が分かっている様に。


(なんで!?)


しかし、考えてすぐに結論が出た。


もし私が「これが証拠よ!」とメールを突き付けたとしても、悪知恵が働く和矢の事だ、さっき言ってたみたいに「俺の所まで届いていない。お前の誤送信だろ!」と言い張るに違いなかった。


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