和矢の策略1

ピピピピッ――、ピピピピッ――。


アラーム音でハッと目を覚ます。

音の出所である目覚まし時計を見ると、時刻は8:30。


「え!?」


完璧に寝過ごしてしまった。どうやら考える事に疲れてウトウトしてしまったらしい。


「朝ご飯!!」


勢いよくベッドから飛び起き、部屋から飛び出る。


「――わっ!!」


部屋の前を通り過ぎようとした課長が、私が勢いよく開けたドアに驚きのけ反る。


「ビックリした……」


「あ、ご、ごめんなさい!」


「いや、大丈夫だよ」


課長はパタパタと足早に玄関へと向かう。


「あ、課長!」


「すまない、俺は先に出るよ」


課長は腕時計を確認しながら靴を履いている。


「あの……!」


「すまない、帰ってからにしてもらえるかな。もう時間が……」


再度時間を確認する課長は、少しイラ立っている様にも見える。

確かにもう出社しないと遅刻ギリギリの時間。こんな所で足止めさせている場合ではなかった。


「あ、はい。今日はすみません。私もすぐに出ます。お気を付けて……」


「ああ、行って来るよ。中条も気を付けて」


「はい。行ってらっしゃい」


そうお辞儀をすると、課長は少し慌てて出て行ってしまった。


シーン、と静寂が辺りを包む。


課長を引き留めて、なんて話をするつもりだったのか?朝から「私、元彼に訴えられそうです」なんて事聞かされたって、課長も困るだけなのに。


「……私も行かないと」


ボソッと呟き、急いで支度を済ませて私も足早に家を出た。



*****



「はあ……」


今日、何度失敗したか分からないミスの始末書を書きながらため息を吐く。


終業のチャイムが鳴ると、お疲れ様でした~と言ってちゃんと仕事を終わらせた人達が帰って行くのを見て、またため息が出た。でも、周りを見渡してみるとそれもまばらで、今日はなんだか残っている人が多い。


(みんな課長を待っているのかな?)


私も探しているんだけど、さっきから何処かに行って帰って来ない課長。


(早く帰って来てあげればいいのに……)


そんな事をボーッと考えていたら、急に隣から手が伸びて来て、ツンツン、とおでこを突かれた。


「え!?」


ビックリして手が伸びて来た方を見ると、


「しかめっ面。シワになるよ」


千歳がニカッと笑いながら言った。

……そりゃ、しかめっ面にもなるよ。と思いながら突かれたおでこをさする。

結局、今日一日考えても考えても解決策が見付からず、ここまで来てしまった訳で。


(もういっそ、全面戦争で行くか?)


向こうがその気なら、こちらだって弁護士を立ってても良い、と思い始めていた。

実際に婚約の書面を交わした訳でもなんでもないし、和矢が有利になる様な情報は何もない。浮気をしていたのは和矢の方だし、こっちが慰謝料を貰いたいくらいだ。


(でも、和矢が浮気をしていたって証拠がどこにもないんだよね……)


千歳が浮気現場を目撃した、って言ってるだけで、写真や音声、その類がこちらには一切なかった。もちろん、千歳を疑っている訳じゃないよ?なんとなく和矢が浮気をしていた、って私も気が付いていたし。でも、実際に私が目撃して問い詰めた訳じゃないし、そんなの知らない、とシラを切られたらそれまで。それに、過去に遡って調べようにも、時間がなかった。


(どうする事も出来ないんだよなぁ……)


こうして一日中色々考えても堂々巡りで、結論が出ずにいる。


「紗月」


「え?」


不意に真剣な声で千歳に名前を呼ばれて、もう一度横に振り向いた。


「やっぱりフラれた?」


「……は?」


「だって、アンタ今日一日そんな感じよ?ため息ばっかりついて浮かない顔して。やっぱダメだったか?あ、でも課長は何ともなさ気だったな……どういう事?」


千歳は、私が課長にフラれて落ち込んでいる、と思ったらしい。


「いや、昨日あれから色々あって、告白出来なかったんだよね」


「色々って?」


「うん。ちょっと……」


昨日の一件は千歳には話してないから、なんとなくお茶を濁す。


「紗月」


もう一度名前を呼ばれて千歳を見ると、ちょっと怒っている様な顔をしている。


「千歳……?」


「なにかあったね?」


千歳の鋭い眼光に、一瞬たじろぐ。

話してないけど、勘の良い千歳にバレるのは時間の問題だと思っていた。まあ、私の態度でもバレバレだったとは思うけど……でもこうもあっさりとバレるとは。


「なにかったら真っ先に知らせろ、って言ったよね?」


「…………」


私は何も答えられずに押し黙る。


「紗月」


千歳の、子供に言い聞かせる様な口調に「隠し通せないか……」と観念し、私は全てを打ち明けようと口を開いた。


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