紗月も感じる不穏な空気2

その日の帰り道。

トボトボと一人歩いていると、後ろからザッザッザッ――と足音がしてガバッ!と振り返る。振り返った先には、上下スウェットを着てランニングをしている高校生くらいの女の子の姿。横をザッ!と通り過ぎた女の子はあっという間に走って行ってしまった。


私は息を吐き、力を入れていた肩から力を抜く。

最近、こんな事が増えて、気が休まる事があまりない。家の中にいる時くらいだ。

会社にいる間、帰宅時。誰かの視線を感じるし、誰かに付けられている気配も感じる。


「やっぱり、課長を待ってれば良かったかなぁ」


課長はまだちょっとかかる、と会社に残っていた。

私は夕飯の用意とかもあるし仕事は終わったので、じゃあ先に帰ってますと、言って会社を出て来たんだけど……。


最近ちょっと奇妙な事が多いから、夜の一人歩きが怖くなって来た。


「やだなぁ……」


向き直り、また歩き出す。



タッ―タッ―タッ―タッ――。


『コッ―コッ―コッ―コッ――』


タッ―タッ―タッ―タッ――。


『コッ―コッ―コッ―コッ――』



同じリズムで付いて来る人がいる。


(女性……?)


この足音は、多分ヒールの足音。

ピタッ。と立ち止まると、足音も止む。

また歩き出すと付いて来る。

で、また止まると後ろの足音も止まる。


(これは、確実だ……!!)


ガバッ!!と勢いよく振り返ってみる。


………………誰も居ない。


(な、なんなのよっ!?)


辺りを見回しても、誰の姿もない。でも今は、確実に後を付けられていた。


もう走って帰ろう。課長のマンションまでさほど遠くない距離だ。

そう思って走り出そうとした瞬間、ポンッ!と後ろから肩を叩かれて私は飛び上がった。


「わぁっ!?」


「わっ!」


私の叫び声に重なる様に、もう一つ驚いた声。

聞き覚えのあるその声に振り向くと、そこには課長の姿。


「課長!ビックリするじゃないですか!!」


ドキドキと早鐘の様に鳴る心臓を押さえながら、その原因を作った課長に文句を言った。


「中条こそ、そんな大きな声を出したらビックリするじゃないか」


「突然後ろから肩叩かれたら誰だってビックリしますよっ!!」


「何度も声を掛けたのに気付かなかったから肩を叩いたんだが」


「えっ……」


そうだったの?自分の事でいっぱいいっぱいで全く気が付かなかった。


「それは……すみませんでした。ちょっと色々あって……」


「色々?」


「あ、いえ、こっちの話で……所で課長。ここに来るまでに誰かに会いませんでした?」


「え?いや。誰も居なかったぞ?」


「本当ですか?」


「ああ。あ、でも、何人かのサラリーマンとはすれ違ったかな?」


「そうですか……」


サラリーマン……。


(いや、私が聞いた音は、確実にハイヒールの足音だった)


まさか、サラリーマンがハイヒールを履いていたとは思えない。


「どうした?」


考え込んでいる私に訝しげな顔をする課長。


「あ、いえ、なんでもないんです」


慌てて手を振った。


「そうか?」


余計な心配を掛けたくないから、課長には黙っておこう。


「帰りましょうか」


「そうだな」


並んで歩き出す。

さっきまで心細かったけど、今は課長が横に居てくれるから安心していれる。

別に寒くもないんだけど、なんとなく手をさすった。

すると横から手が伸びて来て、手を握られる。しかも恋人繋ぎと来たもんだ。


「え……?課長!?」


「うん?」


「手!」


「うん」


「いや、うん、じゃなくて……」


「うん」


「いや、あの……」


なぜだかニコニコしている課長。私は顔があっつくなり、うつむいた。

課長って、手を繋ぐのが好きなのかな?遊園地の帰り道もそうだった。結局あの後もマンションに着くまでずっと繋いだままだったし。


(いや、良いのよ。うん。良いんだけど……て、手汗が~~~!!)


季節は夏に近いし、ずっと握ったままだと手汗がヤバい事になる。


離して貰いたいけど離したくない。


そんな私の葛藤なんで露知らず、さらにギュッと強く握られ、余計に手汗を掻く羽目になってしまった。


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