千歳といつものカフェで
「んで?次の家、見付かったの?」
休日の11時。
カフェのテラスで初夏の風に吹かれながら、千歳がアイスコーヒーに入っている氷をバリバリ砕いて食べている。
「それ、口の中痛くならないの?」
「んあ?これ?うん。だいじょーぶ」
クセなのだろう。氷が入っている飲み物を飲むと、いつもこうだ。
特に、ちょっとイライラしていたりするとあからさまにこのクセが発動される。
(あれ?て事は、今ちょっとイライラしてる?)
なんて思っていたら、フワッ…と風に運ばれて来た煙が鼻をつく。
(……あ、あれか)
ちょっと離れた所でタバコを吸っているお兄さんがいる。
(タバコ大嫌いだもんねぇ)
結構煙がこちらまで届いていて、それにイライラしているらしい。
「んで?見付かったの?」
「え?ああ。いや、まだ見付かってない」
「元の大家さんにどっか良い所ないか聞いてみたら?」
「うーん。聞いてみたんだけど、あのアパートに住んでた人達一人一人の次を探しているみたいで、結構大変そうで。私の住む所も探して欲しいって頼んだら、『あら!?紗月ちゃんは彼氏さんとラブラブで一緒に住んでいるんでしょ!?もうこのまま結婚しちゃったらどう!?』とか言われて大変だった」
大家さんの勢いを思い出し、ため息が漏れた。
「あははは!大家さんサイコーだね!いいじゃん、結婚しちゃえば!」
千歳が人目もはばからずテーブルをバンバン叩いて笑っている。
テラス席には人がいないからまあ良いけど。
「そんな事出来る訳ないでしょ?」
「なんで?お似合いだと思うよ?あんたら仲良いのはみんな知ってるし」
ニヤニヤしながら、また氷を口に含んでボリボリ噛み砕いている。
ちなみに、千歳には全てを話した。
アパートが火事になった事は知っているし、めちゃめちゃ心配してくれたからその後の事を全て話していた。
千歳に話した事は、課長も知っている。と言うか、課長がちゃんと話をした方がいいんじゃないか?と言ってくれたんだ。だから、千歳は今私が課長の家にお世話になっている事を知っている。
度々ペットの代わりをしている、とは話していないけど……。
「別に課長一択にしなくても、晴れてフリーになったんだし他の人にも目を向けてみれば?まぁ、課長みたいな人がそばに居たらちょっと難しいかもしれないけど」
「う~ん……」
そうなんだよね。別に課長に拘らなくても、他に良い人だっているのかもしれない。
でもやっぱり、課長の事を考えちゃうんだよね。
最初はそりゃ気を使っていたんだけど、慣れた今では楽しいし、なにより課長と一緒に過ごす事に幸せを感じつつある。
これってどう考えても……。
「もう課長を好きになっちゃった?」
今考えていた事を言い当てられて、ドキッとする。
「……千歳さんは人の心が読めるんですか?忍法か何かですか?」
「んなワケなかろう。おぬしの顔にそう書いてあるわ」
「本当でござるか!?」
私はバッグから鏡を取り出し、自分の顔を確認する。
「……本当に書いてある訳ないでしょ」
千歳が冷ややかな視線を送って来たので、私は鏡をそっと閉じた。
「そんだけニヤニヤしていたら誰だって分かるわよ」
「そんなにニヤニヤしてた?」
「そうね。気持ち悪いな、って思う位にはニヤニヤしてたかな」
「あ、気持ち悪いんだ……」
そこはちょっとショックだったけど、そんなにニヤニヤしていたのか。
「ま、自覚したんだったら話は早いんじゃない?」
「と言いますと?」
「一緒に住んでるんだから、アプローチの仕方なんて山程あるでしょ?もういっそ、既成事実作っちゃったりとか」
「き、既成事実!?そんな事出来ないよ!」
千歳の言葉に、ボフンッと顔から火が出た。
「え~、なんで?もういい大人なんだし、そっから始まってもいいんじゃない?」
「いやいや千歳さん……」
たまにアナタの思考に付いて行けないよ。
「てか、課長みたいな優良物件、うかうかしていたら簡単に取られちゃうわよ」
「それはそうだけどさ」
だからってそんな高度な技、私には出来ないよ。
課長を誘惑出来るくらい経験ある訳じゃないし、色気だってない。今だって、完全にルイちゃん(猫)扱いだし。
それに、和矢と別れたばかりなのに課長の事が好きなんて言ったら軽い女だって思われたりしそうでちょっと怖い。
「ま、モタモタして後悔しないようにね」
千歳に釘を指される。
「うん……」
ウジウジしているのはよく分かってるんだけど、恋愛なんて久し振りだから色んな事を忘れちゃってる。和矢と最近まで付き合ってたって言っても、恋愛をしていた関係、とは言えなかったし。
しかも若干その事があって、先に進むことを躊躇っている自分がいる。
だって、課長に告白をしてもしフラれたら、こんな短期間に2回も失恋する事になるんだよ?
20代も後半になって来て、こんな何回も失恋するなんて心が持ちそうにない。
「とりあえず、家を早く探さないとなぁ」
ボソッと呟いたら千歳が、「逃げ道作っとくの?」と言って来た。
……図星だった。
「だってさ、ダメだった時に一緒に住んでるって辛くないです??」
「まあ、そうだね」
「じゃあ逃げ道作っといた方がいいじゃん?」
「アテはあるの?」
「……ない」
「どうすんの?」
「どうしよう」
別に逃げ道にだけ使うって訳じゃなく、どのみち課長の家からは出て行かなきゃならないんだし、部屋は探さなきゃいけない。
でも、予算とか立地とか、今すぐには難しそうで。
「じゃあ……もしダメだったらしばらくウチに居たら?」
「え……」
千歳の突然の提案に、私は顔を上げた。
でも千歳には彼氏(ケンさん)がいるし、そんな事したら私がお邪魔じゃないか。
「遠慮は無用よ。ケンなら大事な試験の勉強があるって言ってたからしばらくウチには来ないし。それに、親友のピンチに助けない友達がいます?」
「千歳……」
こういう時、頼りになる。
「ありがとう。じゃあ、どうにもならなくなったらお世話になります」
私は頭を下げた。
「そうならないと良いけどね」
千歳が口の端を少し上げてフッと笑った。
「うん。ありがとう」
千歳に背中を押されて、ちょっと前向きな気持ちになれたかもしれない。
(頑張ってみようかな)
多分、絶対。
上手になんて出来ないけど、少し努力をしてみようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます