課長との生活の始まり6

で、今ももちろん膝枕をされていて、課長も相変わらず鼻歌交じりで私の髪をクシでいている。


(毎日は、正直しんどいなぁ)


でも、私からまたお願いします、なんて言っちゃった手前、断る事も出来なくなっちゃった。


(嫌な気分にはならないから、別に良いんだけど)


いかんせん、一時間くらいこれに時間とられちゃうからその分の時間でやりたい事がやれなくなっちゃうんだよね。


「あの、課長?」


「ん?」


「もう良いですか?私、これから夕飯の買出しに行きたいんですが」


「え?夕飯?」


課長がチラッと時計を見る。


「まだ15時ちょっと過ぎた位じゃないか。まだ大丈夫だよ」


「いや、あの、タイムセールが終わっちゃうんです。今日は買出しに行こうと思ってたから冷蔵庫の中身空っぽですし」


「別にタイムセール狙って行かなくても、普通に買えばいいよ」


課長は鼻歌を歌いながら上機嫌で私の髪の毛を三つ編みにしたりして遊んでいる。


「……セレブが」


私はちょっとイラっと来て、ケッと嫌味の様に呟いてしまった。


「ん?何か言った?」


「いいえ、なんにも」


慌てて首を振る。どうやら聞かれてなかったみたいだ。


(う~ん。でも、金銭感覚だけ付いて行けないなぁ)


庶民の私には付いて行けない感覚だった。


火事になる前、一人でアパートにいた頃はタイムセール目がけて買い物していたし、夜に割引になっているお惣菜を買ったりしていた私とは金銭感覚が少しズレている様だった。


(結婚して長く一緒に居たら、こう言うのって慣れる感覚なんだろうか?)


そう思って、またハッとする。


(だから、なんで結婚する体で考えてるんだ私は!)


頭をブンブンと振ったら、課長が小さく「わっ!」と言った。


「悪い、痛かったか?」


課長が私の頭をさすっている。


「いえ、こちらこそすみません。急に頭を振ったりして」


「いや。傷付けたとかじゃないんだな?」


「はい。大丈夫です」


なら良かった。と言って、また私の髪を櫛で梳き始めた。


私は、気付かれない様に小さく息を吐いた。


離れるなら今の内の様な気がする。

これ以上一緒にいたら、自分が傷付くだけの様な気がしてならない。課長は火事で宿無しの私を仕方なく置いてやっているだけ。それを私は脳内で勝手に変換しているだけ。


会社でも、夕飯の事(食材調達の有無)とか、洗濯の事(色分け注意)とか、不意に口にしない様に神経を研ぎ澄ましている。


それ位、私の中ではこれが日常になりつつあった。


(一か月も一緒に居ればそうなっちゃうよね。でもそれも段々しんどくなって来たし、離れる事も辛くなりそうだし、そろそろ次に住む部屋、見付けないとな……)


私はもう一度、小さく息を吐いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る