課長との生活の始まり3
「課長っ!」
私はリビングの扉を勢いよく開け、ソファーでくつろぎながら優雅にコーヒーを飲んでいる課長に詰め寄った。
「どうした?」
「どうした?じゃないです!このシャツ、まだ色落ちするんで他の洗濯物と混ぜないで下さい、って何度も言いましたよね!?」
深緑色のチェックのシャツを、バッ!と課長の前に差し出す。
すると課長は悪びれもせずそのシャツをじーっと見つめ、
「ああ。忘れてた」
とだけ答えた。
そんな課長の態度に腹が立って、私はもう一度怒鳴った。
「忘れてた、じゃないですよ!白いワイシャツが緑色に染まってもいいんですか!?」
「それは困る」
「だったら今度からちゃんと色分けして下さい!」
「分かった分かった」
課長は怒られているのに、なぜかニヤニヤしている。
最近の課長は、ずっとこうだ。
最初の内は本当に申し訳なさそうに謝っていたのに、近頃は軽く「悪かった」と言って私の注意を受け流すようになった。
「もうっ!次やったら緑色に染めますからね!」
私はそう言ってリビングのドアを勢いよく閉め、ドカドカとランドリールームに戻り、持っている深緑のシャツを色柄物のカゴにバサッ!と無造作に放り込んだ。
「まったく、何回も注意してるのに!!」
ブツブツと文句を言いながら、乱暴に洗濯機のスタートのボタンを押した。
課長の家にお世話になって早1か月。
一緒に居る事で、色んな課長が見えて来た。
洗濯物が苦手、と言うのは来た当初に宣言された事だから分かってたんだけど……。
「ここまで無頓着とはっ!」
ため息を吐きながら項垂れる。
どうやら課長は、『物を綺麗にする』と言う行動が苦手みたい。だから掃除も下手だし、お皿洗いとかも苦手。
でも、この家に一番最初に入った時の感想は『キレイに片付いていて何もない部屋』だった。課長が片付けが苦手と知り、疑問に思って「ルイちゃんがいた時はどうしてたんですか?」と聞いてみたら、「ハウスキーパーを週に2回程雇っていた」と教えてくれた。
「そりゃプロに頼んでいたら綺麗なハズだよ……」
それからルイちゃんが亡くなって、課長一人だけだしそんなに散らかる事もなくなったからハウスキーパーに依頼する事はなくなった、と言う事だった。
「料理も特に出来なかったのには驚いたな」
以前、和矢の事でベロンベロンに酔っぱらった私を介抱してくれた時に作ってくれた中華粥。
「あれすごく美味しかったから、課長は料理も出来るんだと思ってたよ」
でも、違ったんだな。
ルイちゃんが亡くなった寂しさを紛らわす為に、一人で行った中国。
そこで食べた中華粥がめちゃめちゃ美味しくて、自分で作れたらいつでも食べられる!と一念発起。試行錯誤を繰り返し、作り上げた逸品だったそうだ。
つまり課長は、あの中華粥しか作れない。
「でもまあ、課長が料理出来なくても私が出来るから、結婚相手にそれは求めてないけどね。課長ぐらいの稼ぎがあれば、私は専業主婦になったって良いんだし……あ」
はぁぁぁぁぁ~~!っとため息をついて洗濯機に手を付く。
「これ、何回やってるんだろう」
さっきみたいなやり取りをしていると、新婚夫婦みたいで勘違いをしそうになる。
「なに何回もこんな妄想して一人で落ち込んでんのよ……。でもさ、あんまり近くにいるからさ、勘違いだってしちゃうじゃん」
私がこんな勘違いをしちゃうのは、これだけが原因じゃなかった。
コンコン――。
後ろから突然、ノックの音がして振り向いた。
そこには、ドア枠にもたれ掛かって腕を組んでいる課長の姿。
―――来た。
「中条」
「はい」
「洗濯機、止まるまで時間があるだろ?」
「はい」
「じゃあこっちおいで」
「……はい」
トコトコと課長に近付くと、手を引かれリビングに連れて行かれた。
「おいで」
課長がソファーに座り、膝の上をポンポンと叩く。
「失礼します」
私は課長の横に座り、そのまま課長のヒザ目がけて寝転がった。
いわゆる、ヒザ枕の状態。
何処からともなくヘアブラシが出て来て、課長が私の髪を梳き始める。鼻歌を歌ってご機嫌な課長をチラッと盗み見て、小さくため息を吐いた。
さっき言った、勘違いの原因のもう一つが、コレ。
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