課長との生活の始まり2


「は~~~、疲れた~~!」


ドサドサッと、玄関前に持って来た荷物を下ろす。


「鍵、鍵っと」


カバンの中から、あの花のキーホルダーが付いた鍵を探して取り出した。

今、外から見えたこの部屋の明かりは点いていなかった。だから多分、課長はまだ帰って来ていない。さっきは勝手に入れないって思ったけど、こんな荷物を持って待っていたら通路をふさいじゃうし、そうなったら逆に迷惑だから入らせてもらおう。


「よいしょ」


邪魔になりそうな荷物をドア前から避け、鍵を鍵穴に差し込もうとした瞬間、勢いよく玄関のドアが開いて、私は叫んで飛び退いた。


「わっ!……びっくりした~~~」


目の前には、なんとも言えない顔をした課長の姿。

あれ?明かりが点いていないから、てっきりまだ帰って来ていないのもだと思ってた。


「あ、帰っていたんですね。お帰りなさい」


そう言った瞬間、課長が顔を真っ赤にし、プルプルと震え出た。


「おかえりなさいじゃないだろう!どこに行っていたんだ!?俺より先に帰ったハズなのに家にはいないし、探してもどこにもいないし、電話しても出ないし、なかなか帰って来ないし、心配したじゃないか!!」


と一気に捲し立てられ、私は、口をパクパクさせる。課長の怒鳴り声を聞いて、隣の住人が「揉め事?」と迷惑そうな顔をしながら出て来てしまった。


「あ、す、すみません!なんでもないんです!ごめんなさい!」


私は慌てて頭を下げ、持って来た荷物を急いで玄関に投げ入れ、課長も中に押し込めてドアを閉めた。


「ふぅ……」


切れそうな息を整えて課長に目を向けると、課長は玄関に置いてある一人掛けの丸い椅子に項垂れながら腰を下ろした。


「あの、すみません。何も言わないで勝手にいなくなってしまって」


「いや、俺も急に怒鳴って悪かった……」


課長が掠れた声でボソッと呟き、額から流れている汗を拭った。よくよく見ると、課長は汗だくになっている。そんなになるまで私を探してくれていたのだろうか。私を探して慌てふためく課長を想像して、ちょっとニヤける。


(いやいや、いかんぞ!心配をかけたんだから、まず謝らないと!)


私はニヤニヤしてしまう顔を引き締め、頭を下げた。


「あの、さっき大家さんから電話があって、荷物を運び出せるよって連絡が来たんです。それで、アパートに帰ってました。何も言わずに、本当にごめんなさい」


「……そうだったのか。だからこの荷物…いや、俺もすまなかった。出て行ったのかと心配になって、大声を上げてしまって……」


課長が顔を上げ、私の足元に散らばっている荷物を見てホッとした様子を見せた。


「携帯に電話しても出ないし、焦ってしまったんだ」


「え?電話?」


私は首を傾げた。


(さっきも言ってたけど、携帯、一度も鳴ってないんだけどな)


そう思ってバッグから携帯を取り出す。


「……あ」


いつの間にか電源が落ちていて、「応答なし」状態になっていた。……う~ん。以前にもあったな、これ。


「すみません、課長。携帯、電源落ちてました……。学生の時から使ってる携帯だから、もう寿命なのかも」


ハハハと笑いながら呟いたら、「新しいのに買い替えろ!」と怒られ、私は肩をすくめた。


「は、はい!今度の休みに買い替えて来ます!」


まったく、と課長はブツブツ文句?を言いながらまだ止まらない汗を拭っている。


「……そのシャツ、洗濯しちゃいましょうか?課長はお風呂に入って来て下さい。その間に洗濯しちゃいますから」


「え?」


唐突な話に、課長がキョトンとしている。それを見た私は慌てて首を振った。


「あ、嫌じゃなければ、ですけど!ただ、私を探し回ってくれて掻いた汗なので……」


しまった。出しゃばり過ぎたかな。勝手に洗濯、とかって、嫌がるよね普通。

和矢の時もそうだったじゃない。お節介を焼き過ぎて、『ウゼー』とか『余計なお世話』とか言われてたのに。


しかし課長は、そんな心の狭い人じゃなかった。


「じゃあ…お願いしようかな」


と、にっこり微笑んでくれたのだ。


「え、いいんですか?」


断られると思ったから、提案した私がビックリして聞き返してしまった。


「いいんですか、って、中条が言い出したんじゃないか」


そんな私を見て、課長がプッと吹き出す。


「あ、そうなんですけど、断られると思ってたんで」


和矢には嫌がられてたから、課長も嫌かなと思ったんだけど違った。


「実は俺、家事の中でも洗濯って苦手なんだ」


「えっ」


「いい歳したオッサンの一人暮らしで洗濯が苦手とか恥ずかしいが、正直ありがたい」


課長が少し照れ臭そうに笑う。意外な一面をまた知ってしまった。

何でもソツなくこなす様に見えて洗濯が苦手なんて。その恥じらう姿も相まって、なんて母性をくすぐるのでしょうか。


「あの、じゃあ、これからお世話になるので、洗濯は私がやりましょうか?」


おずおずとそう申し出ると、課長の顔がパァァァっと明るくなった様に見えた。余程イヤなんだな。


「ほ、本当か?」


「はい。私、洗濯好きですし」


「そ、そうか!ありがとう!任せるよ!じゃあ、風呂に入って来ようかな」


「はい」


そう頷くと、課長はルンルンと浴室に入って行った。


良かった。お世話になるのに何もしないと言う訳にいかなかったから、こちらとしては逆にありがたい。


サァァァァ――と、シャワーの音が聞こえ始めたので、


「よし!課長がお風呂に入ってる内に洗濯機を回しちゃおう!」


と私は腕まくりをする。


私はとりあえず持って来た荷物を部屋に運び、部屋着に着替えて洗濯に取り掛かった。


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