第3章

課長との生活の始まり1

フワッと温かい手が頭に触れる。


見上げると、優しく微笑んでいる、課長。


私も自然と口元が緩み、笑顔を見せる。


「中条……」


課長の顔が近付いて来る。


キスが出来る位近い。


『……かじょう……なかじょ……』


ん?どこかからか私を呼ぶ声が聞こえる。


でもまあ、いいや。いい所だし放っておこう。


顔が近付き、課長の唇と私の唇が重なるその瞬間――、


「中条!」


と大きな声で呼ばれ、ハッと目が覚めた。


「……か、ちょう?」


課長が目の前に立っている。


あれ?今のは…夢?


「もうすぐ出ないと遅刻だぞ?そのまま出社するのか?」


寝ぼけ眼の目を擦りながら見てみると、課長はもうスーツに着替え、カバンを持っていた。

え?と思い、時計を見ると、8:20分を指している。一瞬で顔から血の気が引いて飛び起きた。


「な、なんでもっと早くに起こしてくれなかったんですか!?」


6時半までの記憶があるのに、そこから寝てしまったようだ。


「何度も起こしに来たぞ?でもニヤニヤしながら気持ちよさそうに寝てて全く起きなかった」


一体、何の夢を見てたんだ?と課長に聞かれ、内容を思い出した途端に顔があっつくなった。


「さては、エロい夢でも見てたな?」


私の反応を、ニヤニヤしながら見ている。


「~~~~~っ!着替えるんでもう行って下さい!」


枕を手に掴み、課長目がけて投げ付けた。課長はそれを華麗にキャッチし、クスクス笑いながら元に戻す。


「俺はもう行くから、コレ」


そう言って、ポケットから出した鍵を目の前に差し出された。


「え?」


か、鍵??それ、もしかしなくても合鍵と言うやつでは!?私が受け取っても良いの!?


私が戸惑っていると、ホラ、と手を掴まれて無理やり握らされた。


「合鍵。持ってないと不便だろ?一緒の帰宅時間じゃないんだし」


「いや、でも」


「それじゃあな。遅刻するなよ?」


課長は少し急ぎ足で部屋を出て、そのまま家を出て行ってしまった。


しばらくボーっと鍵を見つめていた私はハッと気が付き、時間を確認する。


「ヤバッ!」


あと10分位でここを出ないと遅刻決定。


ベッドから飛び下りて、急いで支度を始めた。



*****



こげ茶色の重厚感のある扉の前。

私は鍵を手にしたは良いけど、その後どうしたものかと固まっている。


「やっぱり、勝手に入る勇気が出ない……」


合鍵を渡されたと言う事は遠慮なしに入ってい良いと言う事なんだろうけど、家主が不在中なのに、勝手に入る決心が付かない。

チャリっと目の前にかざす鍵には、花の絵が描かれているキーホルダーがくっ付いていた。どう見ても、課長が自分で買った物じゃない気がする。


「元カノのかな……」


そう呟いて、勝手に傷付いた。


「やっぱりこれ、課長の事を好きになってるよね」


今日一日、火事の事を根掘り葉掘り聞かれたけど、このキーホルダーの事で頭がいっぱいでそれ所じゃなかった。


「課長、早く帰って来ないかなぁ」


さっきまでオフィスで一緒だったけど、会いたい。


【ピリリリリッ―――。ピリリリリ―――。】


キーホルダーを、これ、勝手に変えたらダメかなぁ、とカチャカチャ弄っていたら、突然電話が鳴った。ディスプレイを見てみると、大家さんからだった。


「もしもし」


『あ、紗月ちゃん?大家の野口です。今時間いいかしら?』


「あ、はい。大丈夫です」


『急なんだけど、今からこっちに来れるかしら?』


「え……大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


『今ね、消防の方たち立ち合いの元、入居者のみんなが荷物を運び出してるのよ。紗月ちゃんも取りに来た方が良いんじゃないかと思って』


「えっ!?行きます行きます!」


思いがけない大家さんの言葉に、私のテンションが上がる。服とか化粧品とか、持って来たいと思っていたから。


「じゃあ、待ってるわね。みんなもまだ運び出してる最中だから急がなくていいわよ~」


「はい!分かりました!」


―――ピッ。


電話を切り、荷物を運べる嬉しさに、私は後先考えずにさっき乗って来たエレベーターにもう一度飛び乗った。

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