3度目の課長の家3

冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出す。

500mlのペットボトルだったから、コップに開けずにそのまま飲んだ。

ふぅ、と一息ついて、リビングを見渡す。


相変わらず何にもない。


「殺風景……」


ペットロスからなかなか抜け出せないのは、この部屋のせいもあるんじゃないだろうか?


だだっ広いこの部屋に、テレビとソファーとテーブルがあるだけ。なんの生活感もない。

夜景も綺麗に見えるし、一見スッキリしてカッコよく見える。けど、実際ここに住んだら、と考えてみると私には多分無理だ。


「だって寂しいもん」


こんな寂しい部屋に一人でポツンといたら、ペットロスの症状も悪化しそうだ。


特に眠くもないし、しばらくボーっと夜景を見ていたら、背後のドアが開く気配がして振り向いた。


「あれ、まだ起きていたのか?」


頭をタオルで拭きながら、課長がリビングに入って来た。


お風呂上り?の様で、キッチンに向かい冷蔵庫から同じミネラルウォーターを取り出す。


「あ、はい。なんだか眠れなくて……」


そんなに時間が経ったかな?と思って時計を見ると、30分位ボーっとここに居たようだった。


「まあ、あんな事があった後じゃ無理もないよな」


夜景を見ている私の横に、スッと課長が立つ。

水を飲む仕草でさえカッコよくて、私はドキドキしながら目をそらした。


「大家さんから連絡はあったか?」


「いえ、まだ何も……」


「そうか。もう遅いもんな」


「はい。……多分、新しいアパートを探す事になると思います」


さっきチラッと大家さんが言っていた。


「倒壊の恐れがある」と。


って事は、多分建て直しか、もういっそ更地にするかの二択だろう。

どっちにしろ、あのアパートはもう駄目だと思う。角部屋だったし日当たりも良好で好きだったんだけどな、あのアパート。


「そうか……」


「はい……」


そうなると、アパートを探すまでの間、どうしたら良いだろう。

すぐにいい物件が見付かれば良いけど、なかなか見付からなかった場合、その間ホテル住まい?


(いや、そんな贅沢は出来ない)


じゃあ、実家から通う?


(それもちょっとなぁ)


私の実家はここから電車で二時間程離れている。

通って通えない距離じゃないけど、ギリギリまで寝ていたい私にとってはちょっと厳しい距離だ。


最終手段で、漫画喫茶とかどうだろう?


(ちょっと怖いな)


色々考えるけど、思考が全然まとまらない。


「はぁ……」


大きなため息が出る。

さっきから、この先の事を考えてはため息を吐いて、の繰り返し。せっかく綺麗な夜景が目の前を埋め尽くしているのに、全然心が晴れない。


「彼氏には連絡入れたのか?」


「え!?」


唐突な課長の言葉に、ドキッと心臓が飛び跳ねた。


あ、そうだ。

火事のゴタゴタで、課長は和矢と別れたって事を聞いていなかったんだ。


「あ、えっとですね」


「咄嗟にウチに来い、なんて言ったけど、彼氏の家に行った方が良かったんじゃないか?」


「ええっと……」


どうしよう。もう一度言うべきか?

でも、ここで『彼氏とは別れてます』って言ったら、下心がある様に思われちゃうかな?さっきも、課長の家に来る事をすんなりOKしてしまったし、尻軽みたいに思われちゃうかな?


(でも……)


なんでか分からないけど、なんとなく「彼氏がいる」って思われているのが嫌だな、と思った。


だから、やっぱりもう一度言おう。


「あのですね、課長」


「うん」


「さっきもお伝えしたんですが、実は私、彼氏とはもう別れているんです」


私は、窓越しに見える夜景から、一切目を逸らさずに言った。


チラッと視線だけを動かして窓に映る課長を見たら、凄く驚いている。


(そりゃそうだよね。以前、あんなに勢いよくここを飛び出してまで会いに行った相手だもん。別れたなんて聞いたらビックリするよね)


「そうだったのか……。え、さっき言った?」


「はい。私のアパートに曲がる角の所で」


「……ああ!あの時か!」


思い出した様で、課長が大きく頷く。


「すまん。言いにくい事を何度も言わせてしまって」


「いえ、良いんです。気にしてないので気にしないで下さい」


「そう、なのか?」


「はい」


また二人で黙って夜景に目を向ける。


「……行く所がないなら、ウチに住むか?」


「えっ!?」


突然の申し出に、私はガバッ!勢いよく課長に振り向いた。


「あ、いや、違うんだ。新しい所が見付かるまでの話で……」


しどろもどろになる課長。


「……本気で言ってます?」


「あ、ああ」


「ルイちゃんの代わりですか?」


「決してそんなんじゃ……!」


私の言葉に、課長が思いっきり首を横に振った。高速過ぎて、頭が飛んで行っちゃうんじゃないかと思ったくらい。


「冗談です。今の課長の焦った顔、面白かったです」


クスクスと笑ったら、課長の顔が見る見る内に赤くなって行く。


「中条~~!お前なぁ、俺は真剣にっ!」


課長の手に握られているペットボトルが、ペキペキと音を立てている。


「ごめんなさい。でも……本当に良いんですか?」


「困っている部下を放って置けないからな」


「ありがとうございます。じゃあ、新しいアパートが決まるまで、よろしくお願いします」


私は課長に向き直り、深く頭を下げた。


「ああ、よろしくな。……さて、もういい時間だしそろそろ寝るか。明日も仕事だし」


課長が背伸びをして、大きなあくびをした。


「あ、そうですね。じゃ、あの、失礼します。おやすみなさい」


「うん。今度こそおやすみ」


私は、今度は軽く会釈をしてリビングを後にする。


ちょっとおぼつかない足元。

やっと部屋に戻り、ドアを閉めた瞬間、ベッドにダイブして身悶えた。


「〇×*□+▽%$#▽&□〇~~~~~~!!!!」


訳の分からない言葉を発しながら、枕に顔を埋める。


(どうしようどうしよう!?課長と一緒に暮らすなんて、どうしたら良いっ!?)


こんな展開になるなんて考えてもみなかったから、もう何が何だか分からない。

さっきだって、課長の前で慌てたらカッコ悪いかと思って必死で平静を装っていたけど、内心はパニック状態でどうにかなるんじゃないかと思った。その影響が足元に出た訳だけど。


火事の事と言い、課長と一緒に暮らす事と言い、いっぺんに色んな事が起こり過ぎて頭がパンク寸前だ。


「駄目だ。一旦落ち着くために、今日はもう寝よう。うん。それがいい」


高級ホテルで使われている様なフカフカな布団を頭からかぶる。こんな状態で寝れるかどうか分からないけど、とにかく明日も仕事だしこのまま寝てしまおう。あとの事は明日考える事にする。


「おやすみなさい!」


布団を頭からかぶり、無理やり目を閉じる。しかし、この時の私は知る由もなかった。


これから6時間弱、『眠れない』と言う苦痛に耐えなければいけないと言う事に……。


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