アパートが燃えた
近付くにつれ、焦げ臭い臭いが強くなる。
「すみません!通して下さい!」
ごった返す野次馬を掻き分けて、アパートの前に抜け出た。
そこにはテレビでよく見る黄色いテープがアパートの周りに張られていて、中まで入る事は出来ない。
どうやら消火は済んだみたいで、消防隊が警察と何かを話したりしている。
よくよく見てみると、私の部屋の隣までが酷く燃えていて、ここから見た感じでは間一髪、私の部屋まで火が回っている様子はなかった。
「あっ!紗月ちゃん!」
名前を呼ばれ振り向くと、大家さんが手を振ってこちらに駆け寄って来た。
「大家さんっ!!」
差し出された大家さんの手を取り、ぎゅっと握った。
もう初夏とは言え夜はまだ少し冷える。大家さんはトレーナーにジーンズと言う薄着。長時間この格好で外にいたのか、手は冷え切っていて唇も少し青ざめている。
「良かった!紗月ちゃんの携帯に連絡しても全然繋がらなかったから心配していたのよ!!」
「えっ?」
携帯?でも、会社を出てから携帯は一度も鳴らなかったはず。
言われて確認してみると、いつの間にか電源が切れていた。
「あ……」
財布の角に電源のボタンが当たってしまっていたのかもしれない。
「ご、ごめんなさい。電源が切れてました!」
急いで電源を付けると、確かに大家さんから何度も電話が来ている。
「ううん、無事なら良いのよ!ホント、良かったわ~!!」
「あの、それはそうと、大家さん。これは一体…!?」
そう言いかけると、隣にいた消防隊のお兄さんにすかさず、「危険ですので中に入らないで下さい」と言われた。
「ごめんね、紗月ちゃん。結構燃え広がっちゃってるから倒壊の恐れがあるって言うのよ」
「そうなんですか。でもどうして……」
「ホント、参ったわよ~。そこのゴミ捨て場に放火ですって!」
大家さんが語気を荒くしながらアパート横にあるごみ捨て場を指さした。
「他の住人にも迷惑がかかっちゃうのにも~!まったく、嫌になっちゃう!住人の皆さんには今日はどこかに避難してもらわないと……ケガ人が出なかっただけ良かったわ」
大家さんが頬に手を当てて迷惑そうに顔をしかめた。当然の事だろう。
(放火……怖いな)
通りからちょっと外れているここはかっこうの場所だったのだろうか。
辺りを見回してみると、住人ほとんどが携帯で誰かと連絡を取っている様だった。多分、アパートに住めなくなったと連絡をしているのだろう。
そうだ。私も今夜寝る場所を確保しなくては。
もう22時を過ぎたし、これから実家に帰ってもすぐに出社の時間だ。それなら近くのホテルに泊まった方が効率がいい。
(う~ん。問題は着替えだよな……)
こんな時間ではスーパー位しか開いていない。
(スーパーに服売ってないしなぁ。あ、でも隅の方にちょっと売ってたか?)
ブツブツと呟きながら色々考えを巡らせていると、
「あら。彼氏の家に泊まったらいいじゃない?洋服の一着や二着、置いてあるでしょ?スーパーには紗月ちゃんが着るような服は売ってないわよ」
とさっきは怒っていた大家さんがニマニマしながら言って来た。
「え?彼氏?」
何を言っているのか分からなくてキョトンとしていると、大家さんが課長を指さした。
「彼氏なんでしょ?男前で羨ましいわぁ」
ホホホホと笑いながらバシバシ背中を叩かれ、よろめいた。
あ、大家さん、また変な勘違いをしてる。
「いや、あの……」
「あたしももうちょっと若ければねぇ!」
「あの、大家さん、この人は会社の……」
「でも、前に見た人と感じが違うわねぇ。紗月ちゃんも隅に置けないんだから!あ、警察の人が呼んでるわ。じゃあ、あとの事は追って知らせるから!とにかく無事で良かった。じゃあね!」
「あ、ちょっ!」
マシンガンの様に喋り、否定する隙も無く去って行った大家さん。
「なんか、元気な大家さんだな」
隣で話を聞いていた課長がボソッと呟いた。
「あの、すみません。大家さんがとんだ勘違いを……。良い人なんですが、思い込みの激しい人でして……」
変な勘違いをしたまま去って行ってしまって、申し訳ない、と頭を下げた。
「いや、全然気にしていないよ。いい人じゃないか。中条が無事だったと確認出来て本当に安心していたみたいだし」
「はい」
そう。悪い人じゃない。
ただ、ちょっとおしゃべりなだけ。
「はぁ……」
色んな事があって、ちょっと疲れてしまった。
肩を落とし、大きなため息が口をついて出る。
「大丈夫か?」
課長が心配そうな眼差しを向ける。
「あ、はい。なんとか」
と答えたものの、疲労感は半端じゃない。
「あの、ちょっとすみません」
私は携帯を取り出し、電話帳を開いて『千歳』を画面に表示させた。
「うん?どうした?」
「あ、今日千歳…三嶋の家に泊めてもらえないか聞いてみようと思いまして」
「ああ、なるほど」
千歳にコールする。
千歳はすぐに出てくれた。
「あ、もしもし千歳?突然なんだけどさ、今日、泊めてもらえないかな?……うん。実は、アパートが火事で燃えちゃって…そう、うん…私は大丈夫。どこもケガしてないから。うん………あ、そうなんだ?うん、うん。じゃあ無理だね……ううん!いい、いい!そんな事しなくていいよ!ホント、いいって!大丈夫!ホテルかどっかに泊まるから……うん、うん…じゃあ、ケンさんによろしくね……ううん、こっちも突然ごめんね。ありがとう。うん、じゃあね」
電話を切り、ため息を吐いた。
「どうしたんだ?」
「あ…遠距離恋愛中の彼氏さんが遊びに来ているみたいで……」
「ああ……」
課長が苦笑いを浮かべる。
そうだよね、そんな感じの反応になっちゃうよね。しかも、彼氏さんに帰ってもらうって言い出したから、それは止めてと言っておいた。久々に会えたはずだから、邪魔をしたくない。
「どうするんだ?」
「ホテルに電話して、空き状況を聞いてみようと思います」
「え?今から?無理じゃないか?」
うん。私もそう思う。
今日は金曜日。しかも、明日明後日はここら辺でお祭りがある。
結構有名なお祭りで、見に来るお客さんが多い。ホテルなんかどこも満室だろう。
「どうしよう……」
ガクッと首を項垂れた。
もう、どうしてこんな事になっちゃったんだ。
放火なんてしてるんじゃないよ!と叫びたくなって来た。
「ウチに、来るか?」
「えっ!?」
突然の申し出に、項垂れていた顔を勢いよく上げた。
「あ、いや、変な意味はないんだ。ただ、泊まる所がなかったら困るだろう?幸いウチには使っていない部屋もあるし、だから…その、無理にとは言わないが……」
私の反応を敏感に察知したのか、課長の説明がだんだんしどろもどろになる。
そんな焦らなくても、別にいかがわしい事をされるかも、なんて思ってないですよ。
私は少し考えたあと、
「あの、じゃあ…お邪魔しても良いですか?」
と課長の申し出を素直に受けた。
断られると思っていたのか、課長が目をまんまるにしている。
「あ、ああ。中条が良ければ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「ああ、こちらこそよろしく」
課長まで頭を下げた。
……なんで?
顔を上げ、顔を見合って、二人してぎこちなく笑った。
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