その夜2
「あ~!久し振りにうまいメシで腹がいっぱいになったよ」
お店を出た所で、課長がお腹をさすった。心なしか、お腹がちょっと出ている?
「良かったです」
課長は、確かにめちゃめちゃ食べた。
私がおススメした物は焼き鳥含め全て注文してペロッと平らげていたし、お酒も結構飲んでいた。でも課長は足元がおぼ付く所か、顔色一つ変えずにいる。
「課長はお酒が強いんですね?」
「ん?ああ、今までに酔った事は一度もないかな」
「へえ。それは凄いですね」
ザルか。
「だから泥酔もした事ないぞ」
課長がニヤニヤしながら言った。
「もう、その話はしないで下さいよっ」
その話をされる度に、いたたまれなくなる。
「スマンスマン。じゃあ、帰ろうか。送って行くよ」
「はい、ありがとうございます」
ゆっくり歩き出す。
課長はまた私のペースに歩幅を合わせてくれる。なんだかとっても心地良い。
時刻は21時を少し過ぎた。街はまだまだ賑やかで、色んな人の笑い声が聞こえる。
しかしそんな賑やかなムードの中、けたたましくサイレンを鳴らしながら消防車が2、3台ほど横を通り過ぎて行った。私たちが向かっている方へ、消防車が走って行く。
「火事ですかね?」
「ああ。そうかもしれないな」
道行く人もみんな「火事?」と言いながら遠くなっていく消防車を眺めていた。
ここら辺一帯は飲食店が多いから、どこかからか出火したのだろうか?
「所で」
「はい」
「中条はどうして俺を待っていたんだ?」
「えっ!?え、っと……」
不意に聞かれて、私は言葉に詰まる。なんて答えたら良いんだろう。
正直、私にも明確な理由があった訳じゃない。なんとなく、課長を待っていたくて待っていただけで。
「もしかして、ペットになってくれ、って言った件か?」
「え?」
確かにその話もあったけど、でも今日待っていたのは全然そんな事じゃなかった。
「いえ、違っ」
「あれは忘れてくれないか?」
「……へ?」
課長が申し訳なさそうな顔をしている。
「考えなしにあんな事口走ってしまったけど、中条の言う通り迷惑でしかないよな。もしこんな事がバレたら彼氏だって不快に思うだろうし」
「え、あの……」
ちょっと待って。急にそんな事言われて、思考が追い付いて行かない。
確かに、最初は無理!って思ってたけど、今は……。
「今日は本当に助かったよ。今後は自分でなんとかするから心配しないでくれ。仕事にも影響が出ない様にするから」
「なんとかって……」
課長が無理やり笑顔を作っている。
そんな痛々しい笑顔を見たら、私がワガママを言って困らせているみたいで、ズキズキと心が痛んだ。
かなり深刻な状態なのに、一人で何とかなんて出来ないに決まっている。今日だって、一歩間違えば病院に運ばれていてもおかしく無い状況だったはずなのに。
そんな事を考えていたら、タイミングよく救急車がサイレンを鳴らして横を通り過ぎて行ったので、ちょっとドキッとした。
救急車と言い、消防車と言い、なんだか不安を煽る様な事が多いな。
(……よしっ!)
ここはもう、和矢と別れたと話して、いつでも呼んで下さいと伝えよう。
「あのっ!」
私は歩みを止め、課長を呼び止めた。
「中条?」
「あのですね、課長。その話なんですけど、えっと、私、彼氏とはもう…別れていてですね……」
言った。言っちゃったよ。なんて言われるかな。
(……あれ?)
待ってみても、なんの反応もない。
ぎゅっと瞑った目を、そろ~っと開けて課長を見てみると、課長はあらぬ方向を凝視したまま動かないでいる。
「あの、課長?聞いてまし、た?」
「中条」
「はい?」
「あれ、君のアパートじゃないか?」
少し先を行っていた課長が、角を曲がった先を指さして言った。
「へ?」
確かに、そこの角を曲がっての突き当りには、私が住んでいるアパートがある。課長は、指を指したまま動かない。
(な、なに?)
私は駆け寄り、曲がり角から顔を覗かせてアパートの方を見た。
「……えっ!?」
アパートの前には複数の消防車と救急車が止まっていて、辺りが騒然としている。
「え、なっ!?」
火事!?さっきから消防車や救急車が向かっていた先は、私のアパートだったの!?
「行こう」
突然の事に硬直していると、課長に手を引かれ、ハッとする。
「は、はい!」
私たちは走ってアパートに向かった。
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