暴走を食い止める2

少しすると、サワサワサワ、っと課長の手が動き始めた。

気配で、笑っているのが分かる。課長は、マッサージの才能もあるかも。絶妙な力加減で頭を撫でるから、フワフワと気持ちが良くなってくる。


チラッと課長の様子を伺ってみると、顔色が良くなって来た気がする。すると、課長のお腹から「グゥゥゥ~キュルルル~~」とお腹の鳴る音が聞こえた。


「プッ」


ゲンキンな課長に、私はなんだかおかしくて笑ってしまった。


「笑わないでくれよ。食欲がなくて、最近まともに食っていないんだ」


いつの間に取り出したのか、クシで私の髪を梳きながら言った。これはこれで気持ちが良い。


「あ、ごめんなさい。って、最近っていつからですか?」


「2、3日前位からかな。無理やり食べてみても、喉を通って行かなくてね。水くらいしか口にしていなかったんだ」


「そうだったんですか」


通りで、顔色が悪かった訳だ。


「でも、今聞いた通り、お腹が空いて来たみたいだな」


そう言っている間も、課長のお腹はリオのカーニバル並みに鳴っている。そりゃお水しか飲んでいなかったら、そうなる。

まだお昼には時間があるし、私は何かないかとポケットを探ってみた。

コツン、と手に当たる感触があり取り出してみると、チョコレートが3つ。小腹が減った時用に入れていたやつだ。


「課長!ちょっと手を止めてコレ食べて下さい!」


「え?」


チョコレートを差し出す。


「…………」


ジーっと見てはいるけど、受け取ってくれない。


「どうしたんですか?食べて下さい。今なら食べられるでしょう?お腹、すごい鳴ってますよ?少ないですけど、無いよりはマシですよ」


「…………」


更に差し出したけど、やっぱり受け取ってくれない。もしかして、好きじゃなかった?でも前に、疲れた時は甘い物、って言いながら食べていた気がするんだけど。


(それにしても、ずーっと触っているなぁ。飽きないのかな?)


そう思って、ハッと気が付いた。


……もしかして。


「課長?」


「うん?」


「もしかして……」


「うん。正解」


私が何を言いたいのか察した様で、即答をして来た。


「うん、って」


可愛く返事をしているけど、実にくだらない理由だった。


どうやら課長は、チョコレートを食べるちょっとの間も手を離したくないらしい。

でも、その間にもお腹の虫は凄い音を鳴らしてチョコを欲してる。このままにして倒れられでもしたらこっちが困るんだけど。


「私は逃げませんよ」


「うん」


「ほら、だから食べて下さいって」


ズイッと目の前に再度差し出すと、課長はうーん、と少し考えてから、何を思ったのか口をパカッと開けた。


なんか、嫌な予感がするんですけど?


「まさか、食べさせて欲しいて事ですか?」


「うん」


「うん、じゃありませんよ」


ちょっと可愛いな、なんて思ったけど、流石にこれは……。

でも、私が躊躇ためらっている間も、口を開けてずっと待っている。


マジか。


こうなったら意地でも引かない性格なのはこの間でイヤと言うほど思い知らされている。


「……もぅっ!」


私はチョコレートの包みを開けて、課長の口へ放り込んだ。


「これで良いですか!?」


「うん、ありがとう。美味い」


ニコニコしながらチョコレートを頬張る。


(はうっ!!)


その姿に、ズキュゥゥゥン!と心臓を撃ち抜かれた。


(や、やられたっ!)


その無邪気な笑顔と来たら……。母性本能がさく裂した瞬間だったと思う。

私は残りのチョコレートも口に放り込んで、これ以上やられない様にまた目をつぶった。


それからまた少し、課長の気が済むまでじっとしている。


(ところでコレ、いつまでやっていなきゃいけないんだろう?)


そろそろ仕事に戻らないと遅れを取っちゃうし、長時間二人で席を外しているのはちょっといかがなものか。


「駄目だ……」


突然、課長が呟いた。


「ど、どうしたんですか?」


声色が真剣そのもので、不安になって聞き返す。


「このままじゃ…このままじゃ…中条を放してやれなくなってしまうっ!仕事に戻らなきゃならないのにっ!」


課長が、悲痛な叫び声を上げた。


「あぁぁぁっ!この、中条のふわふわがっ!」


そう嘆いている間も、課長の手は止まらない。


「課長。でも、仕事放って出て来ちゃいましたし、そろそろ戻らないと」


「分かってる!分かっているんだ!でも…この手がっ!」


課長の、私の頭をなでる手はやっぱり止まらない。しかし、オフィスを飛び出してかれこれ15分が経つ。

このままじゃ埒が明かないし、課長には申し訳ないけど強制的に手を放してもらわなければ。


「てぇいっ!!」


私は勢いよく立ち上がり、課長の手を振り払った。

ちょっと勢いが付き過ぎたのか課長がよろめいたけど、コケはしなかったので大丈夫。


「これで戻れますか?」


「あ、ああ。ありがとう。自分じゃどうにも出来なかったから」


課長は呼吸を荒くしながら少し自分の手を眺めていたけど、さっきよりも顔色も良くなったしお腹の虫も大分と治まったし、問題ないと思う。もうすぐでお昼休みだし。


「さて、仕事に戻りますか?みんなには私から説明しておきますから」


「ああ。なにからなにまでありがとう」


「いえ」


果たして私の説明で収拾が付くか疑問だけど、課長の名誉は守ってあげたい。


だから頑張ろう。


オフィスに何食わぬ顔で戻った私たちは、みんなからの質問攻めに合うかと思いきや、課長がすっかり調子を取り戻した事に感謝こそされたけど、何があったのかの追及はされなかった。


(みんな、大人だなぁ)


ただ一人、千歳だけが目をランランと輝かせていたけどね。

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