豪華なランチじゃないけれど

「んで?あれからなんの音沙汰もないの?」


「うん」


昼休み。

今日は天気が良いし風もないから、自作のお弁当を持って千歳と一緒に近くの公園でランチタイム。


「はは~ん。だから卵焼きも焦がした、と」


「おふっ……」


痛い所を突かれて、言葉が出ない。せっかく意気込んで作ったお弁当の中には、焦げた卵焼き。無心にもなれるし、ストレス発散の意味も兼ねてお弁当を作ったんだけど、暗い気持ちで作るとこうなっちゃうんだな、と改めて思った。


「いきなり『お弁当作って来たから外で食べよう!』なんて言うからおかしいと思ったんだよ。失敗作を片付ける為にアタシを巻き添えにしたのね」


「いや、そう言う意味じゃ……」


千歳が卵焼きを箸でつまみ、パクンッと口に放り込んだ。


「うん。うん。でも味は問題ない」


もぐもぐと頬張りながら頷いている。


「ごめん。こんなはずじゃなかったんだけど……」


唯一の取柄を失敗してしまって、より一層へこんだ。


「美味しいに変わりはないんだから気にしない、気にしない」


千歳が、唐揚げ・タコさんウインナー・サラダと次々に口に運んでいる。それを見てホッと胸を撫で下ろし、私も食べ始めた。でも卵焼きは、やっぱりちょっと苦い。


サワサワサワ―――。


初夏の風が、青々と生い茂っている木々を揺らす。新緑の香りを連れて通り抜ける風が、とても心地いい。


「もう、別れちゃえば?」


「え?」


なんの前置きもなく、千歳が言った。


「あれから十日もなんの連絡もないんでしょ?そんなのおかしいって」


千歳の言う通り、泥酔して失態を犯してしまってから今日で十日。和矢からの連絡は、ない。

着信履歴はちゃんと残っているハズだから、あえて私からも連絡はしないでいた。向こうから掛けて来るかも、と言う期待も込めて。


「でも」


「でもじゃないよ!あんなクズ野郎、別れた方がアンタの為よ!」


急に声を荒げた千歳にビックリした鳥たちが、勢いよく飛び出した。


「……なにか知ってるんだ?」


千歳が「しまった!」と言う顔をしている。そして唇を噛みしめながら頷いた。


「話して?」


千歳は大分と躊躇ちゅうちょしていたけど、私の顔を見て観念したかの様にポツポツと話し始めた。


それから、和矢が複数の女の人と浮気をしている事。


それを知った千歳に、私との結婚話を持ち出し、口止めしていた事。


全てを話してくれた。



*****



「そっか……」


本当は、薄々気付いていた。

和矢には、私以外に女がいるんじゃないか、と言う事を。でも信じたくなくて、無理やり気付かないフリをしていた。


「ずっと思ってたんだよね。和矢と特に接点がないのに、千歳が和矢を毛嫌いするのはなんでだろう、って。でも、今謎が解けた。そう言う事だったんだね」


「……ごめん」


私よりも千歳の方が辛そうな顔をしている。


「なんで謝るの?千歳はなんにも悪くないよ。私だって、ケンさんがもし裏で浮気しまくってたら嫌いになるだろうし」


「知ってて黙ってた」


「私の為を思ってなんでしょ?」


「それならなおの事、ちゃんと伝えるべきだった」


「千歳は意外と優しいからね。私が傷付くと思ったんでしょ?」


「意外とってなによ」


「そんで私の事が大好き」


「そんなの当たり前じゃない」


「じゃあいいよ」


「紗月……」


私の言葉に、泣きそうな千歳。和矢の事よりも、親友にこんな心配かけてしまった事に心が痛んだ。

あと、自分の行いを棚に上げて、酷いやり方で千歳に口止めをした和矢も許せなかった。


私はおもむろにスマホを取り出し、メールを開く。


「紗月?」


「ちょっと待って……」


和矢のメッセージ欄を開いて、新規のメッセージを打った。


「……見て」


「え?」


千歳に画面を差し出す。


そこには『もう疲れた。別れて下さい。さようなら』と打った文字。


「これ、今から送るから」


そう言って、送信をタップする。数秒後に、「メッセージ送信成功」の文字が画面に表示される。


「はい。これで一件落着!」


「紗月……」


「は~っ、スッキリした!さっ!お弁当食べよう!」


私は食べかけていたおにぎりを手に取る。別に無理をしているつもりはない。今日の天気と相まって、本当に清々しい気分だ。


でも、あれ?なんだ?視界がゆらゆら揺れてる。ポツ――、ポツ――、っと、雫が手に零れ落ちて来た。


雨?


不意に横から、スッとハンカチが差し出された。


「え?」


私は訳が分からずキョトンとする。


「涙。それ以上泣くとメイクが崩れるよ」


と言われて、初めて気が付いた。


雨の雫ではなく、私の涙だったんだ。


「そっか。私、泣いてるのか」


「気付いてなかったの?」


「うん、全然」


「ったく…アンタらしいわ」


千歳が呆れたように笑う。


ホラっ、と再度差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭いた。


「ありがとう」


「ん」


それから会話はなく、お弁当を食べた。


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