真似されっ子の逆襲(中編)

 「ねー、ばぁば~。これ、だぁれ?」

 「え? あ、あらあらあら」

 「ちょっと、大河。アンタ何しているの?」

 大人の会話に退屈していたらしい大河は、仏間に置きっぱなしになっていた古いアルバムを広げていた。

 「こら、勝手に人のものをいじっちゃダメでしょ!」

 「えー、だってここに置いてあったんだもん!」

 「いいのよ綾香さん、ごめんね。大河の言う通りよ。さっきまで、昔のアルバムを整理していたからねぇ。放りっぱなしにしていたばぁばが悪いのよ」

 「これ、ばぁばのアルバム?」

 「そうだよ、大河が生まれるずっとずっと前の写真が貼ってあるの」

 「お義母さんの若い頃ですか? ちょっと見てみたいです」

 「オレも見るぅ~」

 「そう? ちょっと照れくさいけど、一緒に見ようかね」


 「これ、恵衣子おばちゃん!」

 「あはは、残念でしたー。これ、ばぁばだよー」

 「え~~?」

 「へー、こうやってみると、やはりお義母さんと恵衣子お義姉さんって似ていますね」

 「そうねぇ、自分じゃそんなこと思わなかったけど、若い頃の写真見たら改めて『母娘なんだ』って実感するわね」

 「これは~?」

 「これ、大河のパパだよ~」

「え~~~~?」

 五歳の大河にしてみれば、祖父母は生まれた時から「じぃじ」と「ばぁば」だし、両親も生まれた時から「パパ」と「ママ」だ。彼らにも若い頃があったと理解するのはまだ難しいのかもしれない。

 「あら、お義母さん。これは?」

 「あらー、懐かしいねぇ」

 「わー、本当にバブリーだったんですね~。でも、おしゃれ~」

 綾香が見つけたのは、史子のOL時代の写真。世はバブル景気で、日本中が浮わついていた頃だ。ワンレンやソバージュヘアに、太い眉毛とフューシャピンクの口紅。流行に乗りまくりなファッションは、今見ると妙に新鮮だ。

 と、数枚めくっていた史子の手が止まる。元同僚と一緒に写っている写真を見つけたのだ。二人とも当時の流行を取り入れた装いで、メイクもヘアスタイルもどことなく似通っている。アフター5のディスコ前での写真、カフェバーでカクテルを飲んでいる写真、ビーチサイドで水着を着ている写真、スキー場でピースサインしている写真。どれもこれも当時を思い出すものばかりだ。

 「あら、こっちはお一人で写っている……へぇ~、お義母さんも登山を?」

 「ああ、それね。確か長野だったかな?」

 綾香が指さした写真は、登山の記念写真。背後には青空と、山頂標柱が映っている。

 「何だ、結構本格的に登っていたんじゃないですか。じゃあ、今度は一緒に行きませんか?」

 「でもねぇ……あたしはもう、山は…」

 と、子どもらしい飽きっぽさでアルバムにも興味を失ったらしい大河が、二人の間に割って入ってきた。

 「ねーママぁ、のど乾いた~。ジュース飲みたい~」

 「えーっ?」

 「おっと、それじゃ一杯だけね~」


 ジュースを飲み終えた大河は、そのままウトウトし始めた。やはり登山で疲れが出たのだろう。史子と綾香は、大河をソファに寝かせ、タオルケットをかけてやった。

 「綾香さん、さっきの真似するお友だちのことだけどね」

 史子はアルバムをめくりながら、話し始めた。

 「あたしにも似たようなことがあったのよ……」


 史子にとって、OL生活は楽しかった。給料は悪くなかったし、仕事終わりにはコンサートやディスコに行ったり、男の子と食事やお酒も楽しんだりした。

 同期入社の佐和子と仲良くなったのもこの頃だ。垢抜けない子、というのが第一印象だった。おかっぱ頭で化粧っ気のない、素朴な子。仕事は真面目だし、ワープロの扱いは上手だった。だからもっと自信を持っていいのに、どこかオドオドした感じがする。

 そんな彼女が変わっていったきっかけは、確か先輩社員からもらった、海外土産の口紅ではなかっただろうか。

 「ねぇねぇ、アンタたちもどう? これ、日本じゃ手に入らない色なんだって」

 「えー! いいんですかぁ?」

 「いいよいいよ、気にしないで~」

 あの頃はみんな寄ってたかってハワイやグアムに遊びに行き、免税店でシャネルやディオールの化粧品を買い漁っていた。

 佐和子と二人で、終業後の会社のトイレで恐る恐る付けた口紅。何だかちょっとだけイイ女になった気がしたものだ。おりしもその日は給料日。気が大きくなった史子は、その足でデパートに向かい、ちょっと贅沢してブランド物のワンピースを買ったのだ。

 翌日、そのワンピースを着てさっそうと出社した史子に、「すてきね」と憧れの目を向けたのが佐和子だった。

 「これ? えへへ、『sister』の新作なの。奮発して買っちゃった」

 「ふぅん、すてきねぇ……」

 まさかその数日後、佐和子が同じワンピースを着て来るとは思わなかった。


 「何だ、そんなことで」

 「気にすることないじゃん」

 あの日、口紅をくれた先輩たちはこともなげにそう言った。メンソールのタバコを手に、ワンレンの髪をかき上げて笑う。

 「アタシたちもよくそんなことあるわよ。お互いに服を貸し借りしたり、いいなと思ったアクセサリーや化粧品を互いに勧めあったりするうちにね、何となく雰囲気が似通ってくるの」

 「そうそう、名付けて『女ともだちWink化現象』っていうのよね~」

 当時はやっていたアイドルデュオを例えに、先輩たちは真っ赤な口紅を塗った口を大きく開いて笑った。確かにこの二人も、顔立ちや背格好は別人なのに、化粧やヘアスタイル、アクセサリーなどが似通っていて、姉妹っぽく見える。くだんのアイドルデュオだって、赤の他人なのにお揃いの服やメイクが売りだった。

 だが、佐和子の模倣は続いている。最近はイヤリングやバッグ、化粧ポーチなど、彼女の持ち物がどんどん史子と同じになっていくのが妙に気になっていた。

 「うーん。ま、あの子は確かに垢抜けないところあるけどさぁ」

 「史ちゃんのこと、お手本にしているかもしれないよね」

 「そうそう。試しにパーマかけてみたら?」

 「あー、それで真似したら面白いけど」

 「いや~、さすがにそれはないでしょ?」

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