真似されっ子の逆襲(前編)

 「ばぁば、ただいまー!」

 孫の大河が元気よく帰ってきた。史子はアルバム整理の手を止め、玄関へ向かう。

 「おやおや、お帰りなさい。どうだった、山登りは?」

 「たのしかったー! あのね、木にね、リスさんいたの! それからね、それからねー」

 五歳の大河には生まれて初めての登山。少し日焼けしたのだろう、頬の赤みがいつもより強いが、よほど楽しかったようだ。目をキラキラさせて、全身で喜びを訴えている。

 「そう、良かったねぇ」

 「お義母さん、いろいろありがとうございました。ほら大河、お話は後で。まず靴脱いで。そう、そして手を洗おうね」

 嫁の綾香が大河の靴と帽子を脱がす。帽子の下の髪の毛は汗でしっとり濡れていた。夏の盛りは過ぎたとはいえ、まだ彼岸前だ。登山道でたっぷり汗をかいたことだろう。

 「二人とも、暑かったでしょ? 手を洗ったら麦茶飲んで、ばぁばの作ったコーヒーゼリー食べようね」

 「うん!」

 「こら、大河。お返事は『はい』でしょ」

 息子の嫁と、孫。郊外の小さい山でのプチ登山を存分に楽しんできたようだ。世の中は少子高齢化とかで孫どころか息子の嫁すら期待できないというのに、五十代後半で孫を可愛がることができるのはありがたい。加えて息子の嫁は気立てのいい娘だし、孫は本当に可愛い。子どもとはまた違う愛しさが湧いてくる。


 「お義母さん、ありがとうございました。私もこんな近くに登山できる山があるなんて知りませんでした」

 「アウトドア好きじゃないと行かないからね、ああいう場所は」

 麦茶を飲み干した綾香は、市の観光課が出している登山案内のパンフレットを広げて、今日のルートを見返している。市の徽章にも使われている「三法山みのりやま」。市の玄関口である「三法山中央駅」からバスで約30分のところに登山口がある。登山道は整備されて歩きやすく、小一時間も登れば市街を見下ろす展望台に到着する。トイレや休憩所も完備で初心者には最適なコースだ。都会っ子でアウトドアとは無縁だったという綾香にも、無理なく楽しめたらしい。

 「ねぇねぇ、ばぁばも次は一緒に登ろうよ~」

 「うーん、ばぁばは腰が痛いから無理だねえ」

 「ええ~、じゃあ、ばぁばはオレがおんぶするからさぁ」

まだ五歳の孫の真剣な口調に、史子も綾香も思わず吹き出した。

 「いやいや、ばぁばは重たいから無理だよ。その代わり、またお弁当作ってあげるよ」

 「本当? 約束だよ~」

 「で、リスさん見たって?」

 「そうだよ、ママが写真撮ったの。えーとね、これとぉ~」

 大河は綾香のスマホを手にすると、慣れた手つきで操作する。デジタルっ子とでもいうのか、我が孫ながら大したものだと感じてしまう。

 綾香が慌てて撮ったのだろう、野生のリスが木の幹にしがみついているのや、絶妙なカメラ目線でこちらを見ているのが映っていた。もっとも、ピンボケ写真も多かったが。

 「ママ、写真下手くそ~」

 「仕方ないでしょ~、急に目の前に出てきてビックリしたんだから、もうっ」

 子どもの容赦ない突っ込みに、綾香も苦笑いで応える。その二人の様子を見て、史子も少し安心した。

 どういうわけか綾香は、このところ妙に落ち込んでいたり、スマホを見てはため息をついていた。そんな綾香が気になった史子が、気分転換にでもなればと登山を勧めたのだ。

 と、その綾香のスマホから通知音が鳴った。

 「ママ、ライン?」

 「……」

 綾香の表情が曇る。彼女が見ていたのはSNSらしい。

 「ああ、まただぁ…」

 うんざりと言った顔で綾香がつぶやく。

 「どうしたの? 何か嫌なことでも?」

 「真似、されているんですよ」

 綾香がスマホ画面を操作し、「ひろちゃんママ」というアカウント名のSNSを史子に見せた。

 「え? これ大河の……?」

 半年前の大河の誕生日にプレゼントした、子ども向けブランド「リトル・ジェントルマン」のスーツ。綾香からのリクエストで、デパートに行って買ったものだ。それと全く同じ服を、別の男の子が着ている。

 「どういうこと?」

 「この人、大河と同じ幼稚園のママ友なんですけど……どういうわけか私の真似をしてくるんです」

 綾香によると、アカウントの主は同じ幼稚園に息子を通わせている母親の一人。とりたてて親しい間柄ではなく、送迎の際に世間話をする程度だったという。

 「以前、私のバッグを見て『それ、どこで買ったの?』とか聞いてきたんです。その時は別に変だなとも思わず、普通に答えていたんですけど」

 気が付けば全く同じものを彼女が持っているという。最初はバッグ類、そして服装、ヘアスタイルまで、彼女は徐々に綾香に似せてくるようになっていった。

 「これ、今の彼女です」

 おそらく自撮りしたらしい写真を見て、さすがの史子も息をのむ。少しだけ明るい色調のショートボブのヘアスタイルは、綾香に瓜二つだ。

 「あらら、これは……後ろから見たら、間違えて『綾香さーん』って声かけてしまいそうだねぇ」

 「最近は、息子の服装を真似して、自分の子どもに同じ服を着せたり、お弁当箱が同じ『電撃サンダー』のものになったりしています……」

 「綾香さんは、やめてって言ったのよね?」

 綾香は力なくうなずく。

 「全然聞いてくれませんけどね。たまたまだとか、偶然かぶっただけとか。ひどいときには『そっちが私の真似をしているんでしょ』って。そして、こうやってラインとかで真似したことをいちいち見せつけるんですよ。まったく、何を考えているんだか」

 薄気味悪いですよね~、と綾香がため息をついた時だった。

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