貧者の逆襲
「ヒナちゃん、『ニューパレス』の新人さんたちの画像が上がってきたよ。いつものように修正お願いね」
「はーい」
今日もたくさんの画像フォルダが届く。大変だけど、この不景気に仕事がこんなにあるのはありがたいことだ。
私の勤め先は、夜のお店を紹介する情報雑誌とサイトの編集部。扱っているのはキャバクラやホストクラブに加え、ヘルスやソープなど、いわゆる「フーゾク」のお店だ。営業さんが広告を取り、編集さんがお店を取材して文章やキャッチコピーを考える。そして私はその記事のレイアウトやデザイン、さらに「嬢」と呼ばれる女の子たちの画像を編集して記事を仕上げるのだ。
「えーと、今月の新人コーナー…っと」
サーバに上がった画像フォルダを開く。うん、どの子も可愛い。ヘアメイクとスタイリストによって可愛く装った女の子たちを、カメラマンが撮影する。その女の子たちの写真を、パソコンでさらに綺麗に仕上げるのが私の仕事だ。肌のクマやシミを消し、輪郭はシャープに、目は大きく、体つきはおっぱいを大きく、ウエストはスリムに…などとやっていると、結局のところどの子も似たり寄ったりになってしまうけど。
キャバ嬢の加工は楽しい。キラキラしたドレスを着たお姫様みたいな女の子の画像をいじっていると、子どもの頃のお人形さん遊びを思い出す。
ちょっと事情が異なるのはフーゾク系だ。顔を出している嬢もいるにはいるが、大体は顔にボカしの処理を施さなくてはならない。そりゃそうだ、身バレしたら困るだろうしね。ボカしでない子でも、片手で目元を隠して分からないようなポーズをとっている子もいたりする。
「……あ、これ」
とあるソープランドの新人の嬢の写真をチェックしていたら、見つけてしまった。
知り合いの女の子を。
「そっか、お金欲しいもんねー」
胸の谷間を強調するような服を着て、引きつったスマイルでこちらを見ている彼女。源氏名は「あいり」。私は少しだけ笑った。
「ホストなんてぇ……どうしてそんなお店なんかに行くの?」
「うーん、半分は仕事。広告もらっているからね」
私の答えに、山本愛里は納得したような、そうでないような表情を見せる。
私が時折ホストクラブに行くのは事実だが、それは営業さんとの兼ね合いだったり、編集さんと一緒に取材や記事の打ち合わせだったりもする。もちろん、普通に客として行くこともあるが、それだって仕事の一環と割り切っている。この世界、持ちつ持たれつなのだから。
「……でもぉ、そもそもヒナちゃんがホストなんてぇ」
「何よそれ、それじゃアタシがホストをやっているみたいじゃん」
冗談めかして返すと、愛里もふふっと笑う。
「でもぉ、ホストかぁ~」
愛里の会話は堂々巡りだ。要はホストクラブというものに興味津々なのだが、自分から「行きたい」とは言いだしにくい。そんな彼女の「察してほしい光線」は、何度も見てきたから分かっている。彼女は私に「連れて行ってほしい」とねだっているのだ。後は、私が誘うだけ。そうすれば「ヒナちゃんがどうしてもって言うからぁ~」と責任を押し付けられるから。
だから私は言ってやる。彼女が望む一言を。
そして、彼女を突き落とす一言を。
「じゃあ、連れてってあげる。でも、一回だけだよ」
案の定、一回では済まなかったようだ。甘やかされて育った温室育ちのお嬢様が、みるみるうちにホスト沼にはまっていく様子は見ていて楽しかった。
なまじ金には不自由しない身分ゆえ、チヤホヤしてもらえるホストクラブは、たいそう居心地が良かったことだろう。一晩でボトルを何本も空けるなど、豪気な振る舞いは人づてに聞いた。
そんな彼女もやがて、浪費が過ぎてホスト遊びが親にばれてしまう。それでもやめられなくて家を飛び出し、ツケがたまり、借金もかさみ……と、あれよあれよという間にフーゾク行き。ここに至るまで二年とかからなかったから見事なものだ。
お金に困ってフーゾク稼業になったなんて、当時のクラスメイトや先生たちが知ったらなんて言うだろうね。昔からおっとりしていて、人当たりも悪くない。だが世間知らずが災いしてか、時折放つ言動が周囲をイラつかせるのが玉に瑕だった。
「これやっと買えた!」
「良かったね、高かったの?」
「うん、五千円もしたんだー」
「え~、そんな安かったんだ~」
学生時代、そんな無神経な言葉を何度聞かされただろう。決して裕福ではない家庭に育った自分からすれば、そんな彼女の言動は苦痛だった。
私は何もしていない。彼女の希望通り、ホストクラブへ連れていっただけだ。出迎えてくれたホストには「私の友人なんだ、初めてのホストクラブなんで、おもてなしよろしくね」とあいさつはしたけど。そしてそのホストクラブには「沼にはまった子がフーゾクに落とされた」など、少しばかり評判のよろしくない噂があったことは教えなかったけど。
……せいぜい骨までしゃぶられろ。
私は彼女の画像処理を施し始めた。
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