逆襲
塚本ハリ
子豚ちゃんの逆襲
高校時代のクラスメイトが亡くなった。
山田珠江。数年にわたる摂食障害の末、首を吊って自殺。死亡時の体重は40キロ弱。棺の中の彼女は綺麗に死化粧を施されていたが、髪はパサパサで頬がこけ、肌も荒れていて実年齢よりも老けて見えた。
「摂食障害だなんて……」
「でも彼女、そんなに太っていたっけ?」
「むしろ痩せていたよね?」
「うん。ところでさ、今日来ているのってウチらだけ?」
「うん、里ブー……里中は、来ていないよね」
「ああ、でも彼女が知ったらショック受けると思うよ」
「そうだね。里ブー、いつも山田っちとつるんでいたもんね」
元クラスメイトが通夜の席でひそひそと話しているのを、私は遠巻きに眺めつつ焼香を済ませた。彼女たちの言う「里ブー」こと里中美沙が、ここにいるのを全く気付いていないようだ。
通夜の後、そのまま家に帰るのはなんだかしのびなく、駅前のスペインバルに立ち寄った。平日の夜ゆえか、店はさほど混んでいない。私はカウンターに座り、よく冷えたカヴァを一杯注文した。
「……精進落としですか?」
フォーマルウェアに線香の残り香。バーテンダーがそう尋ねたのも無理はない。
「ええ……昔のクラスメイトが亡くなりまして」
「そうですか。それはご愁傷さまでございます」
申しわけなさそうに目を伏せたバーテンダーは、ほどなくもう一つのグラスを私の前に置いた。
「よろしければどうぞ、こちらはサービスです。お友だちへの献杯ということで」
「ちょっと、マジ? あんた本当に里ブー? つーか、痩せたっしょ! 別人じゃね?」
合同企業説明会の会場で、いきなり声をかけてきたのが珠江だった。高校卒業以来の再会だ。
「いやー、マジで見違えたよ~」
明るくて、ハキハキしたものの言い方は変わらない。
「……で、何やってそんなに痩せたん? 運動? 食事制限?」
「いや、そんな大したことしていないんだけど……」
「またまたぁ~~。でもいいなぁ、アタシなんて最近就活のストレスで太っちゃったよ。だからさぁ、やり方教えてよ」
私はちょっとだけ彼女の顔を見つめ、そして教えてやった。
「――吐けばいいのよ」
たくさん食べても、吐いてしまえば体に残らない。食べ終わったら、ちょっと指を喉の奥に突っ込む。最初はちょっと苦しいけど、慣れればスルッと吐けるようになる。
最初こそ「え……それってヤバくない?」と若干引き気味だった珠江も、私の体を見て納得がいったようだった。私はさらに追い打ちをかけた。
「あとは下剤。結構効くよ」
彼女は面白いくらいに過食と嘔吐にはまっていった。事実、それで痩せていったのだから、はまらないわけがない。しかし、そんな方法が地獄につながるのは当然の結果だ。その後の動向は彼女のSNSで追いかけた。更新する内容は日に日に病んでいった。もはや彼女の毎日は過食と嘔吐だけ。さらに自傷行為も加わった。「死にたい」という文言が散見し始めたのは、ここ最近のことだ。
そして、彼女はついに自ら命を絶ってしまったのだ。
バーテンダーが置いてくれたグラスを前に、私はグラスを掲げた。
心の中で「クソ女に乾杯」と呟き、カヴァを飲み干した。
高校時代の私が太っていたのは事実だが、それは病気と薬の副作用によるもの。顔も体もパンパンにむくんでいた。珠江はそんな私を、ことあるごとにイジり倒したのだ。「里ブー」というあだ名も彼女によるもの。子豚の可愛いキャラクターグッズを見つけては「アンタにそっくり」とプレゼントされたこともあった。
もっともそれらの言動は、彼女にしてみれば「愛のあるイジり」なのだ。事情を知らない彼女に、何度か病気のせいだとは言ったものの、どうやら覚えていないようだった。いや、そんなこと彼女にとってはどうでもいいことだったのだろう。だからこそ再会してもあれだけ屈託なく私に接してきたのだ。
「イジり」と「イジメ」は紙一重。彼女の振る舞いは私を悩ませたが、親には言えなかった。心配させたくなかったのだ。それでなくても、病気の件で親には苦労させ通しだったから。
私が急速に痩せたのは、高校卒業後だ。地元から離れた大学に進学し、周囲に自分を知る人がいない生活は思いのほかストレスフリーで、それが病状の改善にもつながり、ほぼ完治。服薬も終えると、みるみるうちに体重は落ちていった。痩せることが嬉しく、また健康のためにと運動を始めたり、食べる物に気を使ったりしたのも功を奏した。おかげで一時は摂食障害を疑われるほどだった。事情を説明して事なきを得たが、その時に医師やカウンセラーたちから教えてもらった摂食障害の話はよく覚えている。
私のたった一言で、彼女は坂道を転がり落ちるように摂食障害の地獄に突き進み、自滅していった。今夜は祝杯をあげるにふさわしい。
――乾杯、自滅した愚かな級友と、復讐の成功に。
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