第32話
ミーナが希望を持った頃。
リンドブルム軍、ラドライン軍はカラカスを真ん中に挟む様にして対立していたハズだった。
「アンタ達、リンドブルム軍を追っ払うのよ! 絶対にあの子を誘拐なんてさせないのだから!」
「「「おぉぉぉぉ!?」」」
だが、リンドブルムがミリアーナを誘拐しようとしているとナイルが勘違いした結果、ラドライン軍は左右に分かれて、カラカスの城壁を辿る様にリンドブルム軍へ突撃していったのである。
そんな四倍以上の軍勢の突撃に勝てないと踏んだリンドブルムのウォルバートは即撤退を決め、その結果互いの軍に負傷者は一人も出なかった。
正直なところ、長い睨み合いを想定していたウォルバートにとってラドライン軍がリンドブルム軍に突撃してくるとは思ってもいなかった事態。
その為、馬に乗り逃げ去る際。
「おのれ……。 予定外の行動をしおって……」
そう捨て台詞を吐いていくのであった。
さて、兵に負傷者を出さずに勝利したラドラインの兵士達に対し、ナイルは勝利を宣言した。
「アンタ達、戦いには勝った訳だけど、目的を達した訳じゃないわ! だから目的を達成するまで力を貸しなさい!」
「「「おぉぉぉぉ!」」」
そして、その言葉を吐いた後、ナイルは次の作戦へと移る。
それは軍を六つに分けてカラカスを包囲し、カラカス王国に対しミリアーナを差し出す様に要求する事であった。
…………。
「兄上、リンドブルム軍が撤退したそうであります……」
「そうか……」
その事態は直ぐに町中に広がり、その話をアレクから聞いたウェイター姿のエドガーは「良かった」と喜べなかった。
(……やはり、皆は喜べないだろうな)
それは普段賑やかな夜の酒場は、静けさに包んでいる理由と同じである。
確かにリンドブルム軍は去った、だがその何倍ものラドライン軍がカラカスを包囲しているのだから……。
それにもし、ラドラインが侵攻を開始すれば、街中が戦場になるかもしれない。
そうなれば、仲の良い人達と永遠に離れ離れになるかもしれない。
そんな不安はエドガーの気持ちを暗くする。
そして彼は痛感する。
《ただの庶民である以上、自分は無力ではないか?》と……。
「エドガー、休憩タイム」
「えっ?」
そんなエドガーの右肩にポンと手が置かれ、振り向いた先にいたショーモトに真剣にそう告げられたのだが、エドガーは。
「店長、休憩には早いですが……。 それにまだ大丈夫ですよ、今日はずっと働けそうですし……」
と無理をした笑顔で告げた。
働いた方が気がまぎれる気がして……。
「なぁエドガー……」
そんなエドガーの肩に手を回したショーモトは、エドガーに向け語りかけ始める。
真剣さと優しさを含ませた様な微笑みを浮かべて。
「不安を想像するのは分かる。 だがそれで終わるのは勿体ないだろう? せっかくなら対策を考えないと……」
「ですが店長、僕には力が……」
「良いかエドガー……。 庶民はな、助け合うから強いんだ。 困った時、手を差し伸べ合うから危機を乗り越えられるんだ。 だから皆、苦しみを乗り越えられる……」
「その、一体何を言いたいのですか、店長……?」
「一人で解決しようとするなよ、英雄じゃないんだぜ?」
「あ……」
その言葉はエドガーの心に刺さった。
(確かにそうだ……。 つい一人で考えようとしていたけど、この事は別に相談して良いじゃないか……。 そうだ、僕は一人じゃないんだ!)
それはエドガーの心に光が刺した瞬間だろう。
そしてエドガーは、その光が指し示した方への第一歩としてショーモトに語りかけ始めた。
「店長、なら休憩時間に乗ってくれますよね、相談に……」
「何言ってんだよ、休憩いらねーって言ったじゃん」
「えっ……!?」
「おっと嘘だったのか? これだからイケメンは……」
残念ながらショーモトの真剣な時間は終わりを迎えたらしい。
今、エドガーの視線の先にいるのは、ニヤニヤした表情のいつものショーモトである。
「て、店長!? いきなりそれはないですよ! 流れ的に休憩中に相談に乗ってくれる流れじゃないですか!?」
「そのチャンスはもう、下流まで行っちゃったんだよなぁ……。 タイミング逃したお前が悪い!」
「いやいや店長、まだ下流まで行ってませんから! 絶対上流から流れてきているくらいですから」
「上流だと結局変わんないじゃん。 目の前流れてなきゃ取れねーんだから」
「あっ……」
そして、いつもの悪ふざけな会話が戻ってきた訳だが、それは自然と周りの空気を明るくしていく。
だから今、柔かな表情で二人を眺めているのだろう。
「少しくらい相談に乗ってくれても良いじゃないですか!?」
「本日の相談教室は営業は終了しました」
「いやいや店長、まだ閉店には早いですって!」
…………。
ラドラインの軍が張った陣の明かりがカラカスの城壁を照らしている。
そんな陣の中心にあるであろうカラカスの白い宮殿の中では今、三人の人物達によってどの様な対応をするか?丸テーブルを囲み、話し合いを行っていた。
「さて、ラドライン軍は我が共和国にこの様な要求を送りつけてきた訳だが、諸君はどう考えるかね? 主要大臣である君達に意見を求めたいのだが?」
白髪の老人、マッカーシー代表は一枚の紙をテーブルの真ん中へ向け投げながら、五人の男達にそう尋ねる。
そんな紙に書かれているのは、長々しく書かれているが、ようは《ミリアーナを返せ》《返さなきゃ攻撃するぞ》と言う事である。
「これは侵略するためにでっち上げた話なのか、事実の話なのか、はたまた誰かの策に引っかかっているのか……。 いずれにしても、我が国の兵数が少ないのだから戦いは避けて欲しいものだ」
先に反応したのは鋭い目の若い男、ワグナー軍務大臣であったが、すかさずその言葉に肥満気味な男、ガーラン財務大臣と猿顔の男、メルトラム内務大臣がその意見に異論をぶつけてきた。
「なに、兵士なら市民がいくらでもいるではないか? 愛国心ある真の市民なら喜んで戦うだろう」
「そうだ、ガーラン大臣の言う通り! 国が無ければ市民は暮らせないのだから、この様な時に協力するのは当然だ!」
だが、その意見を聞いた時、ワグナーの表情は一瞬不愉快そうなモノへと変わったが、その後、睨みつける様な表情で、落ち着きつつも威圧する様な声で、二人に堂々と嫌味をぶつけるのである。
「ほう? いつから財務大臣と内務大臣は愛国心を盾に兵役を押し付ける様になったのか?」
「「何っ!?」」
「第一、国民を守る為に国があるのであって、国民を殺す為に国があるのではない。 それに、二人の命は殺される側に入らないではないか!」
「それはワシらにはやるべき事があるから、仕方がないだろう!」
「なるほど、財務大臣はやるべき事があれば兵役から逃れられると仰るか……。 それで国民が納得するのか? 人に愛国心を押し付けておいて自身の愛国心はその程度なのか?」
「これはその程度で片付けられる問題ではないだろう……。 第一、我らが徴兵されたとして軍の力になれるかどうか……」
「内務大臣、それは国民も同じハズだが?」
「…………」
その堂々たる態度から放たれたワグナーの言葉は、二人を黙らせるには十分だった様だ。
その言葉の矛先は次にマッカーシー代表の方へと向けられた。
「代表、戦うと決まれば私は戦いますが、戦えばきっと多くのモノが死ぬでしょう。 ここは……」
「分かった、下がってくれ……」
「代表、しかし……」
「頼む……」
「分かりました……」
だが、ワグナーの言葉の全ては届かず、結果ワグナーは退場させられる結果を生んだのである。
その後、執務室のテーブルに座るワグナーに、軍務大臣の職を解任する知らせと、徹底抗戦の知らせが届くのは、その日のうちの出来事であった。
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