第31話
「はぁ……」
ミーナは困っていた。
それは母の件をリアナに相談しようとしたのに、リアナが筋肉痛でダウンしていた為に相談出来なかったから。
だからミーナはトボトボと歩いているのだ。
「リアナちゃんどうしたんだい?」
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「リアナの姐さん、どしたん?」
そんなミーナに対し、町の人々は優しく声をかけるが、その度にあからさまな作り笑いを浮かべ。
「大丈夫ですよ〜」
っと気を使いつつ去っていく。
それはミーナがその内容から自身の正体がバレるのを防ぎたいからだが、それは街に住む顔見知り達の心配を誘ってしまった。
「そこの貴女、何か悩み事でもあるのですか?」
そんな時、大通りを歩くミーナの耳に聞きなれない女性の声が届く。
(誰だろう?)
そう思いつつも視線を声がした方へ顔を向けた先には。
「どうも、私はクルシナと申します。 失礼ながらお悩みがある様子なので声をかけさせてもらいました」
呪われたシスターと言う新たな通り名を手にしたクルシナの姿、そしてその隣に静かに立つロレンスの姿があった。
「だ、大丈夫ですよ〜、大した悩みではないので……」
しかしミーナは相談しようとしない。
あからさまな作り笑いでそう告げる訳だが、クルシナは諦めない。
だからクルシナはミーナにゆっくり近づきながらこう告げる。
「これは私の独り言ですが……」
「…………」
「人間、見ず知らずの人間に重要な相談をする事は出来ないでしょう。 信頼関係を築けていないのだから。 ですが、だからこそ話せる事があるのではないですか?」
「…………」
ミーナの心は少し揺らいだ。
それはクルシナの温かい笑みやミーナの心情を理解したような言葉、冷静さを欠いたミーナの心情、それらの要素が上手く絡んだ為に変化し始めた事であった。
そしてクルシナは、その変化を大きくする様に言葉をかけ、遂には立ち止まった。
「それに私はメルシス教のシスターでもあります。 困っている人を放ってはおけませんわ! それに私、悩みを解決する事に関しては自信があるんです! えぇ、クルシナお姉さんがどんな問題が来ようとバッチリ解決してみせますから!」
共通の宗教、お悩み解決が得意アピール、それがトドメになり、遂に。
「あの、それでは相談に乗ってもらえないでしょうか……?」
ミーナは悩みを打ち明ける気になったのである。
しかし、そんな様子を眺めていたロレンスは内心悩ましく思っていた。
(悩み事からトラブルを生み出す事に定評があるくせに……)
それはクルシナを知るモノなら当然そう思う内容だったが、ロレンスはクルシナに対する好意から、更にこの様に思うのだ。
(やっぱり俺はバカだな、好きと言う感情だけで今、クルシナが恥を描かない様に行動しようと思ってしまっているのだから……)
…………
「ようこそ、メルシス教会へ……。 おや、貴女はミーナさん、それにそちらはロレンス神父にシスタークルシナではありませんか? 一体なぜここに?」
「お久しぶりです、シスターアンナ。 実は訳あって知り合いのもとに向かっていたのですが、その途中、運命に迷える子羊を拾いまして……。 よろしければ相談室をお貸し頂きたいのですが……」
「分かりました、どうぞこちらへ……」
カラカスの城門付近にはメルシス教の教会がある。
ただ教会といっても建物は一軒家程で、中にある祭壇の長椅子は左右に三つずつあるだけだ。
そんな教会の奥には防音の相談室があり、それは口に出せない人々の悩みを解決する為に設置されている。
そんな狭い空間にある小さなテーブルにミーナとクルシナが座る中、ロレンスは入り口の扉に寄りかかり、二人を見下ろす事にした。
「ミーナさんでしたね? 貴女のお悩みは何ですか?」
「……長くなりますが良いですか?」
「勿論、構いませんよ」
微笑むクルシナの問いかけに、悩ましい表情のミーナはそう答え、左右に小さく首を振りながら、ため息を何度も吐く。
そして冷静さを感じさせないミーナはしばらくして、やっと自分の気持ちを吐き始めた。
「私、元々はラドラインの女帝、ナイルの一人娘なんです」
「えっ!?」
「その、元々母は大変過保護でして、それが嫌で城から逃げ出しまして……」
「ええっ!?」
「それでこのカラカスに来てから、私結婚したのですが、夫は貴族や王族嫌いでして……」
「えええっ!?」
その会話を見ていてロレンスは思った。
(クルシナにはこの相談は無理だな……)
っと……。
だからロレンスはズボンのポケットから
「んっ? あ、あれ……。 な、何か急に眠気が……。 あっクッキー食べたい……」
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
そしてミーナの呼びかけが部屋中に響く中、クルシナはテーブルに倒れ込み、気持ちよさそうに眠り出したのである。
「……すまない、クルシナは長旅で疲れていたらしい。 代わりに俺が相談を引き継ごうと思うが、構わないか? 嫌なら別の機会にでも時間を作るが……」
「い、いえ、相談に乗って下さい、えーっと……」
「ロレンスだ、気軽にロレンスだのロレンス神父だのと呼んでくれ……」
「分かりました、ロレンス神父」
さて、ミーナに対し冷静な表情でそう告げたロレンスに対し割と好感を持ち始めていた。
と言うのは、驚いてばかりだったクルシナと違い、ロレンスは表情一つ変えなかったからだ。
だからこそミーナはロレンスに対し。
(シスターさんより、こちらの神父さんの方が頼れそう)
そう考えたのである。
そんなロレンスがドアに寄りかかりながら『話してくれ』と告げると共に再びミーナは話し出す。
「その、ロレンス神父、私としては夫に王族だとバレたくないのです。 かと言って、国にも連れ戻されたくないのです」
「なるほど……」
「神父様、私はどうすれば良いでしょうか?」
ミーナは思いを全て吐き出した。
ただ、そんなミーナに対しロレンスは一つ気になる点があった。
「確認したい事があるのだが……」
「何でしょう?」
「君はつまり、ラドライン軍は君を連れ戻しに来たと言いたいのか?」
「えぇきっと……」
「では、それを裏付ける何らかの事実が知りたいのだが……。 何でもいい、君の母親の性格でも、国の方針でも……」
それは、ミーナが言う様に《ミーナを連れ戻しに来たという事実が正しいか?》確認する為である。
と言うのもロレンスは、ラドラインの出兵をリンドブルムの牽制の為では?と考えていたからだ。
だから彼はその様な質問をしたのだ。
「母は今まで、兵を動かす事はあまりしませんでしたし、国に侵攻政策はなかったハズです。 それなのに、大軍で出陣するなんて、そう考えるしかないかなとですね……」
「なるほど……」
だが、ミーナの話を聞いた時、自身の考えは間違いだろうと思うと共に、右手のひらを軽くミーナへ向け、この様な提案をするのである。
「ならば、君がリンドブルムへ逃げていったと情報を流すのはどうだ?」
「情報ですか……」
「ただ、これを成功させるには、ラドラインの工作員を探す必要があるだろう。 君を連れ戻す為に軍を起こしたとなれば、その情報を国に流した工作員からだろうからな。 だから、その工作員の耳にそんな情報が入ればカラカスへの出兵を止めるのではないか?」
(確かにその通りかも?)
そう一瞬考えたミーナだったが、直ぐに一つの疑問が浮かぶ。
「ですが、どうやってその工作員を探すのですか?」
それは当然の質問であったが、ロレンスはしっかりその点も考えていた。
「君に声をかける前、少し様子を見させてもらった。 君は多くの人から好かれているのか、いろいろな人から心配されていたな? だからその人達に協力して貰えばいい。 例えば『リンドブルムの破壊工作員がカラカスに潜入しているらしい』とでも言うのはどうかな? それにリンドブルムの神父である私がそれを証言すれば、信頼してくれるのではないかな? そこから」
「なるほど……」
その瞬間、ミーナは希望に満ち溢れていた。
だがその希望は、直ぐに消え去る事になる事を彼女は知らない。
そして、それ以前にこの作戦事態が破綻している事も……。
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