エピローグ
第19話
その瞬間、エドガーの脳内には絶望の文字が刻まれ、頭を抱えるのだが、そんな様子を眺めるミーナは。
(貴族であって下さい、貴族であって下さい、貴族であって下さい!)
眉間にシワを寄せ、目をギュッとつぶり、期待を込めてそう念じていた。
それはエドガーが貴族であれば、自分が王族とバレても許してくれるかもしれない。
エドガーが貴族であれば、もし国に連れ戻されても、親が結婚に納得してくれるかもしれない。
そう期待したからである。
「あの、兄上は兄上でありますけど、ホントの兄上で無いのでありますが……」
「えっ!?」
だが、申し訳なさそうなアレクの言葉により、エドガーの耳はピクリと動き、ミーナの希望はぶち壊されてしまう。
アレクがこう言ったのには理由があった。
それは、ミーナから「貴族だったのですか!?」と言われた時、エドガーは「僕は貴族とかではないんだぁぁぁぁ」と叫んだからである。
だからアレクは、その時のエドガーの表情から。
(もしや、兄上は王族であるとバレたくないのでは!?)
と推理し、この様な発言をしたのである。
ただし、そう発言したアレクの内心は今。
(だ、大好きな兄上を兄上でないと否定するなんて、血を吐いて死にそうであります……。 で、ですが、これは兄上の幸せの為でもありますし、上手くいけば兄上がきっとなでなでしてくれるかもしれないであります! ふへへ……なんだが絶望の中で焦らされているみたいで興奮するでありますな……)
希望と苦痛が入り交じる状態から、新たな感覚を覚え始めているのだが……。
「エドガー兄上は小さい頃、自分の家に住んでいたのであります。 そんな兄上は自分を大変可愛がってくれて……。 だから自分はもう一人の兄として慕っているのでありますよ」
「そうなんだミーナさん! 僕が貴族だなんて誤解なんだ! 僕は正直に答えているんだ! 嘘じゃないんだ、本当なんだ! だから問題解決なんだ! そうなんだ、そうなんだ!」
「兄上、とりあえず自分の肩をパンパン叩かないで欲しいであります……」
そして、焦った様子のエドガーは素早くアレクの後ろに移動すると、アレクの肩に何度も手を乗せながら、早口でうなづく。
「エドガー、何でアンタ、故障したゴーレムが話すみたいに早くてカタコトなんだい?」
「気のせいですよネルブさん! 僕は故障したゴーレムじゃないですよ、ネルブさん!」
「いや、今もそうだからね、アンタ……」
だがしかし、流石にその様子をネルブが不信に思わない訳もなく、そう突っ込まれてしまう。
だがネルブはそう告げながらも、別に気になる点を見つけていた。
「……それとミーナ、何でアンタ、エドガーが『貴族でない』と言った事に、残念そうな顔をしているんだい?」
「へっ? き、気のせいですよ〜ネルブさん!?」
「何でアンタ、目を逸らすんだい? もしやアンタ、貴族だったりして……」
「あ、あの〜、その〜……」
「だから何で、目を逸らすんだい……」
それは悪手であったかもしれない。
そんなミーナの下手くそな誤魔化し方は、ネルブをこの複雑な難問に対する興味を大きくしたのだから。
(どういう事だい? 何でエドガーはここまで冷静さを失っているんだい? そしてミーナは貴族関連の秘密でもあるのかい? ちょっと気になるねぇ……)
ネルブは口を隠す様に、軽く握りしめた右拳の親指を口につけ、考え始める。
真剣な表情を浮かべ、視線を右拳に向けながら……。
そんな様子は、ミーナにプレッシャーを与えたが。
(ま、まずいです……。 ネルブさん、私が貴族と怪しんでいるみたいです……。 で、ですが、エドガー君にそう思われるわけにはいきません! エドガー君との幸せな日々を送る為に!)
そのピンチはミーナにそう強く意識させた。
その結果。
《自身が王族である事を悟られたくない意思》
《自身の兄の為に嘘をつく意思》
《不審な二人の謎を解き明かしたい意思》
と言うそれぞれの意思を達成する為の心理戦の火蓋が切って落とされたのである。
「ね、ネルブさん!」
「ん? 何だいミーナ?」
「あ、あの、私、子供ってどうやって作るのか分かりません! だから教えてくれませんか!?」
「い、いきなり何言ってんだい!?」
「教えて下さい、ネルブさん!」
「えっ、えぇぇぇぇ!?」
先手を打ったのはミーナであった。
テーブルをバンと叩き、ネルブを見つめて叫んだそれは、(何か話して誤魔化さなきゃ!)と思い考えた末に出た発言である。
だが、咄嗟に出たこの言葉は実に効果的で。
(あ、アタシはどうすれば良いんだい!? ホントどうすれば良いんだい!?)
ネルブの冷静さを失わせるには十分だった。
しかし、それは思わぬ反応も生んだ。
(え……? その、もしや僕は、ミーナさんから遠回しに、夜のお誘いをされているのですか……!? いや、その、えーっと……)
エドガーはミーナの発言からその様に想像し赤面してしまい、夜の誘いに乗るか考えてしまうが、結局そうする気持ちにはなれなかった。
勿論、エドガーは大好きなミーナとその様な行為をしたい気持ちは大いに持っている。
だが、あと一歩の所でシャイな部分を持ち、何よりミーナを大切に思っているのだ。
だからエドガーが、ミーナの言葉に『そう感じたから』と言うだけで、その様な事が出来るはずもなく、結果ムラムラした気持ちが残る生き殺しの様な感覚に包まれるのである。
「ネルブさん、自分も聞きたいであります!」
「あ、アンタバカじゃないのかい!?」
「お願いであります、教えて欲しいであります!」
「そ、その、だねぇ……」
さて、アレクは動揺したネルブの姿を見て、ミーナの言葉に乗ってその様に発言し、ネルブの動揺を大きくする。
勿論それは兄の為であったのだが、その兄はと言うと、そんな言葉に反応してしまい、ややいかがわしい妄想をしてしまう。
(み、ミーナさんと子作りの勉強……。 お、落ち着くんだ僕!? アレクはきっと僕の気持ちを察し、そう言っているだけで……。 立ち去れ、いやらしい心!? そして落ち着け、僕!?)
その妄想は一瞬のモノ。
それでもその妄想は、更にムラムラした気分にさせ、頬を熱くし、目線をテーブルの上に逃がしてしまう程の刺激があった。
「エドガー!」
「は、はいっ! な、なんですか!?」
「ちょっと来な!」
そんな様子をネルブは見逃さなかった。
ネルブはそう言ってエドガーを自分の前へ呼び寄せると、エドガーの肩に手を回し、玄関前までつれていくのであった。
「……エドガー、アンタ分かってるね?」
「……な、何がです?」
「……子作りのやり方」
「……分かります」
そして、赤面した二人はヒソヒソと話し出す二人だが、ここでも小さな戦いが発生する。
「エドガー、アンタが説明してくれないかい……?」
「い、嫌ですよ恥ずかしい……」
「そりゃアタシもだよ……」
それは、子作りのやり方を相手に説明してもらおうとする戦い。
だが、この戦いはあっさり終焉を迎えるのである。
「エドガー、ならば二人で説明するかい?」
「そ、それなら……」
そして二人は小さくうなづき覚悟した。
子作りとは何か、説明する事を……。
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