第18話

 ガタンと音がした時、ミーナとアレクは階段の方へと視線を移していた。

 そして、エドガーが階段の壁から顔を出した時。


 (え、エドガー君だ! 良かった……)


 ミーナはその姿を見て安堵した。

 だがそれは、倒れたエドガーが心配だったという事ではなく。


 (きっとエドガー君なら、赤ちゃんがどうやって来るのか教えてくれるはず!)


 悩む自分を助けに来てくれたと感じたからである。

 その為、小さな笑みを浮かべ、喜びの涙をスーッと流したのであるが。


 (やっぱり今、バレてしまったのか……)


 エドガーはそう思い、己を恨むかの表情を浮かべていた。


 「エドガー君、あの……」

 「ごめんなさい!」

 「えっ!?」


 ミーナの申し訳なさそうな声に反応し、エドガーは頭を下げてしまう。

 それは、王族である事を問い詰められると思い頭を下げた訳だが、ミーナからすれば。


 (えっ!? もしかしてエドガー君、何か隠し事があるのですか?)


 そう感じてしまうのは仕方のない事だろう。


 さてミーナには現在、二つの選択がある。

 一つは、素直に何を謝っているのか聞く事。

 もう一つは、理由を聞かない事。

 そして更に、理由を聞くにしても聞かないにしても、その後許すか許さないかの選択肢……。


 そんな二つの問題が脳内に襲いかかった時。


 (あれ? これ、選択肢をミスすれば離婚の危機ではないですか?)


 ミーナはそう不安視し、胸の鼓動が激しくなってしまう。

 だからミーナは離婚しない良い返しを考える。

 そして申し訳なさそうな表情を浮かべ、エドガーへ返した言葉はこの様なものであった。


 「あ、あの……」

 「な、何でしょう、ミーナさん……」

 「あ、謝っている理由を問いただした方が良いのでしょうか……?」

 「さ、さぁどうなんでしょう……」


 それは(エドガー君のメンタルにダメージを与えて離婚なんて展開だけは避けなきゃ!)と強く思うミーナが考えついた言葉であったが、それはエドガーを困惑させるだけ。

 だからエドガーは今。


 (ど、どうすれば良いんだ……?)


 そう困り果ててしまっている。

 そんな時だった。


 「ミーナ、エドガーが倒れたのを見たってレイチェル達が言ってたのだけど本当かい!? あれっ……?」


 バンっと扉を強く開け、ネルブが心配そうに入ってきたのは。

 だが、エドガーの姿を見たネルブは(これはどういう事だい? しかも、いつかの貴族の坊ちゃんもいるし……。 んん〜何事なんだい?)と首を傾けた。


 そして室内には沈黙が訪れた訳だが、その一部始終を見ていたアレクはそんな室内の様子にこう思うのである。


 (な、何がどうなっているでありますか!? 自分はどうするべきでありますか!?)


 それは、情報の理解が追いつかない中で、新たな情報がどんどん追加されていった為。

 その為アレクは今、頭の処理が追いつかず、キョトンとした表情でネルブを見たまま固まった。


 空間を静けさが包む、だがその静けさの中には冷静さを欠いた感情が渦巻いている。

 そんな空気の中、ふと吹いた風が窓ガラスをガタガタ揺らし終えた時。


 「ネルブさん、僕は一体どうすれば良いのですか!?」

 「ネルブさん、わ、私は一体どうすれば良いのですか!?」

 「じ、自分は、自分はどうすれば良いでありますか!?」

 「な、何だいアンタ達!? ちょ、ちょっと落ち着きな、落ち着きなって! こらっ、服を引っ張るんじゃないよ!?」


 三人は自身の感情を爆発させ、ネルブの服を掴んで必死に訴えた。

 だが、ネルブの話に耳を傾けず、感情を爆発させた結果。


 「「「ぎゃっ!」」」

 「だからアンタ達、落ち着きなって言ってるでしょ! 殴るよ!」

 (((もう殴ってるじゃないですか……)))


 三人の頭に強烈なゲンコツが降り注いだのである。


 …………。


 「とりあえずミーナ、どうしてこうなったかを説明しな!」

 「は、はい……」


 さてエドガー、ミーナの夫婦、そしてその正面にアレクが座っている。

 そんなテーブルの間にて、階段側の壁に寄りかかるネルブは、腕を組みながらそう尋ね、状況の把握を開始した。


 「え、えーっと、私がエドガー君の声を聞きまして、外に出たらエドガー君とアレク君がいまして、そうしましたら何かエドガー君が『終わった』と言って気絶しまして、アレク君が『あの、運びましょうか?』と言ってくれたので家の中に運んでもらいまして……」


 そこから始まったのはミーナによる「〇〇まして」が多様された分かりにくい状況説明だった。

 勿論、ミーナは一生懸命伝えようと1から100までしっかり説明しようとしているが、それはあまりに情報量が多すぎた。

 だからネルブは話を遮る様に。


 「私とアレク君はエドガー君の素晴らしさに意気投合しまして……」

 「み、ミーナ、ストップ!」


 そう叫んでしまった。


 「どうしました、ネルブさん?」

 「うんミーナ……。 とりあえずアンタ、何でパニックを起こしてアタシの服にしがみついたのかだけ説明してくれないかい?」


 さてネルブは申し訳なさそうにそう告げ、不思議そうな表情を浮かべるミーナの会話内容を絞り、それは結果的に良い展開を生んだ。

 それはネルブにとっても、エドガーにとっても……。


 「その、アレク君が何故か急に謝ったのですが、その、問い詰めた方が良いのか、問い詰めない方が良いのか分からなくなりまして……」


 ネルブは思惑通り、情報量が大幅に減らす事が出来た訳だが、エドガーもミーナの「何故か急に」と言う発信から。


 (も、もしやミーナさんはまだ僕が王族である事を知らないんだ! これはまだ、希望があるかもしれない!)


 と確信に近いものを得た。


 「エドガー、お前は何故急に謝ったんだ?」


 そして、そんなネルブの真顔の言葉は、エドガーが危機を乗り越える為の第一歩になるのかもしれない。


 「それは……、何も言わずに遊んでいたから、申し訳ないと……」


 まずエドガーは申し訳なさそうにそう告げた。

 それはアレクといた事、ミーナに謝った事を誤魔化す事が出来る素晴らしい嘘である。


 「いちいち遊ぶ報告をするって、子供かお前は?」

 「兄上、何を言ってるでありますか……」


 しかし、嘘にしてはレベルが低すぎた。

 その為、呆れたネルブとアレクの視線を浴びる結果になってしまった。

 更にアレクの不用意な発言から、エドガーは最大のピンチを迎えるのである。


 「ん? アンタ今、エドガーの事を兄上って言ったかい? もしや、この貴族の坊やの兄の……」

 「へ? もしやエドガー君、貴族だったのですか!?」

 「うわぁぁぁぁ! 僕は貴族とかではないんだぁぁぁぁ」


 それは魂の叫びだったのかもしれない。

 疑問を持った顔のネルブ、キョトンとした表情のミーナの視線が集まる中、エドガーは両手で顔を抑えた。

 まるで、最悪の展開になった現状から逃れたいと訴える様に……。

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