第14話
リアナがナイフを扉に投げつけた頃。
「あぁぁぁぁ兄上ぇぇぇぇ……。 そんな事言ったって……。 えへへへへ……」
ベッドに座るアレクはモジモジしながら顔を赤く染めていた。
まるで恋する乙女の様に、ニターっとした笑みを浮かべて……。
だが、それは決して邪なモノではなく。
(えへへ、褒めたって言う事なんて聞いてあげないでありますよ〜)
兄であり、尊敬する人物であり、心から大好きなエドガーに褒めて欲しいと言う無邪気なモノ。
ただ、その一連の発言には紛らわしさがあった為。
(アレクは変態ブラコン野郎)
目の前の部屋のリアナにそんな認識を持たせている訳だが……。
さて、知らぬ間にそんな評価をされてるとは思わないアレクは、更に妄想の世界に入り込んでいく。
『アレク……。 立派になったお前にしか頼めない事なんだ……』
「そ、そんな……。 そんな事言われても、自分は言う事を聞けないでありますよ〜」
『何だ、アレクは僕の言う事を聞けないのか?』
「で、でも……」
そしてアレクが(でも
「うるせぇぞ!」
「静かにしてよ!」
「何気持ち悪い事を言ってんだ!」
扉や壁からドンドンと叩く音が響き、アレクに向け、その様な罵倒が向けられた。
「も、申し訳ないであります!?」
そんな声にアレクは、謝罪の意思を込めて頭を下げ、それらの声に謝った。
念の為に言っておくが、アレクは決していかがわしい感情をエドガーには持っていない。
身内の中で唯一アレクを可愛がってくれたのが、エドガーだけである為、エドガーに対して甘えたい感情が強いだけなのだ。
さて、アレクに向けられた怒号はアレクの甘えを一時的に抑えるには効果的であった。
「いけないいけない……。 自分はリンドブルムに住む皆の為に、この国へきたのでありましたな……」
その為、デレデレしていたアレクの表情は想いに満ちた真剣な表情へと変わり、右手を握りしめ、この国に来る前の事を思い浮かべた。
…………。
それはニヶ月前に遡る。
「アレクセイ……」
「ど、どうしたでありますか、ロレンスさん……?」
「最近、街の
山岳の中腹にある森を切り開いた後に丸太の壁で覆い、その中にはいくつもの石作りの建物が立ち並んでいる町がある。
それが、リンドブルムの街。
そんなリンドブルムの下町の路地にて、アレクは束ねた銀髪のクールな美形神父ロレンスと壁に寄りかかり話をしていた。
それは、市民の暮らしを見に来たアレクにロレンスが魅力的な低い声をかけた事により始まった話であるのだが、睨みつけるように見下ろすロレンスからの問いかけが苦手だったアレクは。
「し、知らないであります! 知っているけど言えないであります!」
「なら話せ、全部だ……!」
「あわ、あわわわわわ……」
ロレンスの威圧感に屈し、事のあらすじを話し始めるのであった。
…………
昔からエドガーは、一般的な貴族や王族とは違い、庶民を見下す事はなかったし、何より誰に対しても気さくで優しかった。
だが、その態度は貴族達に「平民に舐められる」との不快感を買い、遂には貴族の一部が平民の兵士を集団リンチする事件まで発生してしまった。
無論、話を聞いたエドガーはリンチした貴族達を罰するために動いたが……。
「平民相手なら無罪である! それだけ貴族の地位は価値があるのだ!」
父のそんな発言により、結果貴族達は無罪になり、その結果……。
「父上の大馬鹿野郎!」
「うぐっ!?」
エドガーは父の顔を思いっきりぶん殴った後、王座に座る父の前から逃げ去っていったのである。
それはエドガーが今まで抑えていたリンドブルム内にある《貴族至上主義》に対する不満が爆発した結果、行われた暴力であったが、その行動が今まで国の事を考え行動に移せなかった《国を出る》という決意を後押しした。
だが、国に残す事になる平民の仲間たちの事が気がかりであったエドガーは、国を出る前に弟であるアレクに会い、こう頼んだのである。
「いきなり呼び出して、どうしたでありますか?」
「すまないアレク、頼みがあるのだが……」
「兄上の為なら何でもこなしてみせましょう! 兄上の頼みならNOなどありません!」
「そうか、ならば遠慮なく頼む。 実はこの国を出ようと思うのだが、国に残す皆のことが心配でな……。 だから、後の事は頼んだぞ、アレク! お前の力で国の皆を守ってやってくれ!」
「あ、兄上、兄上ぇぇぇぇ!?」
それが、この国を出る前にアレクがエドガーと交わした話。
エドガーが逃げ去る前に交わした言葉。
アレクが調べ、そして知った全て。
そして、これらの話を隠す事なく、ビクビクしながらロレンスに話した訳だが。
「い、以上であります……」
「ホントか?」
「いや、その……」
「ホントなのか?」
「あ、あの……」
ロレンスが無意識に行った威圧的な問いかけに、アレクはただ怯えるだけ。
その為ロレンスが。
(ちっ……。 ビビリやがって、くそっ困ったな……)
っと思い、どうするか考え始めた時。
「こらっ、ロレンス君!? 純粋な少年を威圧しちゃダメでしょ!」
「むっ……?」
ロレンスの幼馴染であり、長い金髪の明るそうな
そしてクルシナはロレンスの前に立つと、指をロレンスに向けながら、可愛らしい怒り顔で不満げな声を上げた。
「まったくロレンス君は背が高くて何か威圧感があるんですから、口調だけは丁寧にって言ってるでしょ!」
「い、いや俺は……」
「ロレンス君、謝りなさい!」
「べ、別に俺は何も悪い事は……」
「謝りなさい!」
「す、すまない……」
「私にではなく、アレク君にです!」
「す、すまない……」
そんな発言にロレンスはクールな表情を保ちつつ目線を逸らし、アレクに不器用な謝り方をした。
それは、ロレンスが好きな人であるクルシナの前で、素直に謝るのが恥ずかしかった為であるが。
「ロレンス君、ちゃんと顔を見る!」
「うっ……」
クルシナはそれでは満足しない。
だからロレンスに対し、まるで子供を叱るかの様に注意し。
「ロレンス君!」
「んんんん……」
「ロレンス君、いい加減にしないと……!?」
「す、すまん……」
そして遂に、ロレンスは自分の気持ちを押し殺して頭を下げた。
ただし、僅かに不満げな表情を浮かべながらであるが……。
「うん、よろしい!」
そんなロレンスの態度に満足したのか、クルシナは満足気な表情を浮かべると、二人にこう告げるのである。
「ところで二人とも、一体何の話をしていたの? この頼れる美少女シスター、クルシナお姉さんがどんな問題もバッチリ解決してあげるから!」
((まずい、問題が迷宮入りする!))
「ほら、遠慮しないで話してちょうだい!」
しかしその瞬間、二人の表情は一瞬にして曇ってしまった。
…………
《クルシナお姉さんがどんな問題もバッチリ解決してあげるから!》
意味。
・悪い事が起こる代名詞。
・言われた人、もしくはその関連人物が不幸になる恐怖の呪文。
・とあるシスターが発する呪われた言葉。
…………
さて、リンドブルムの市民の間では常識となりつつあるその言葉が発せられた時、二人は自然と目を合わせアイコンタクトし首をコクリ。
そして。
「じ、実は世界経済の話を話してたでありますよ!」
「そ、それで情報を聞き出そうとな!」
「あ、焦りは禁物でありますよ、ロレンスさん!?」
「そ、そうだな! 焦りは禁物だな!」
余計な事にならない様、二人がクルシナにそう嘘を告げるのは自然な事であった。
しかし、そのあからさまな焦りようは。
「へぇそうなんだ〜! ……っで、本当は?」
「「…………」」
クルシナが、笑顔を浮かべながら右拳を左手のひらにパンッパンッとぶつけ、威圧する結果を生むのは当然の事だろう。
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