エドガーはアレクの出現に戸惑っている

第7話

 「兄上ぇぇぇぇ、兄上ぇぇぇぇ!」

 「はっ!?」


 そう夢の中で茶髪の美少年に叫ばれたエドガーは、冷や汗を垂らしつつバッと上半身を起こした。

 周りは静けさが支配する一日の中の闇、隣のベッドの上にはミーナが大変心地よさそうに眠っている。


 「……ふふっ」


 そんな姿に可愛げを感じ、静かに微笑んだエドガーだったが、ふと彼は思ってしまう。


 (悪い男だな、僕は……。 彼女に王族である事を黙っているのだから……)


 それは彼女に対しての罪悪感から生まれた思いであった。

 そしてそれは。


 (アレク……。 お前に全て押しつけてすまないな……)


 夢の中に現れた弟に対する罪悪感へと移り始めていたのだが。


 (……でもアレク、お前は『頼みがあるのだが……』と言った時『兄上の為なら何でもこなしてみせましょう! 兄上の頼みならNOなどありません!』と言ってくれたから良いよな……)


 そんな弟の言葉を思い出した時、その顔は申し訳ない顔から『ま、いっか!』と言わんばかりの真顔へと変わっていた。

 ただそれは、彼なりに他人を思いやっての事。

 だからエドガーにやましい気持ちは一切なかった。



 …………。


 「……んーっ!」


 まだ肌寒い早朝の風と、鳥のさえずりによって目覚めたミーナは、両手を大きく上へと伸ばし、そして挨拶しようとエドガーの方へ視線を移したのだが。


 「スー……スー……」


 夜中に目覚め、再び深い眠りにつくまで時間がかかってしまったエドガーはまだ眠り足らない様子。

 そんな姿を見たミーナは。


 (昨日レイチェルちゃん達と遊んで疲れたのですかね?)


 そう微笑むと、寝返りでズレたエドガーの毛布を整えた始めた。


 「……すまない、ミーナさん……」

 「へっ?」


 それは夜中の罪悪感が生み出した偶然の寝言だったが、それを不意に聞いたミーナは当然。


 「え、エドガー君……」


 エドガーの寝顔を見つめながら胸を軽くときめかせ口をにんまりさせてしまう。

 そして彼女は窓の前に立ち、天へ向けて感謝の言葉を述べ始めた。

 それはメルシス神への感謝の気持ちを込めた、ミーナらしい言葉である。


 「あぁメルシス神様、早朝からこの様な幸せを授けて頂きありがとうございます! 寝言って分かっていますが、ホント、ホントにありがとうございます! あと、出来ればこのまま私達の元にコウノトリを連れてきて、可愛い赤ちゃんを授けてもらえたら最高です! エドガー君似の男の子と私似の女の子の双子を授けて頂けるのであればもっと最高です!」

 「あー……ミーナ、アンタに何かいい事があったのは分かった。 だけど、赤ちゃんはコウノトリが運んでくる訳じゃないんだよ……」

 「えっ!?」

 「はぁ……。 まるで箱入り貴族の嬢ちゃんを見てるみたいだねぇ……」


 ただ、丁度洗濯物を干していたネルブは、目の前でそう口にした姿のミーナを見て、照れ臭そうにポリポリと頰をかき、そんなネルブにミーナは「あっ……」っと驚きの表情を向けた。


 「……あの、とりあえず、おはようございます、ネルブさん……」

 「うん、おはようさん……」

 「……あの、とりあえず聞かなかった事にしてもらえませんか?」

 「まぁ構わないよ……」

 「……ちなみに、子供ってどうやって出来るのですか?」

 「……まぁ色々な手順でだねぇ……」

 「「…………」」


 そんな窓越しの二人を今、沈黙と気恥ずかしさが覆っている。

 ミーナは国の家庭教師に教わった内容が嘘であった事に……。

 ネルブは、子供の出来る流れを説明しなければならない恥ずかしさに……。


 (……ストレートに男と女が抱き合って出来ると言えば楽だろうに……)


 そして少し前から窓に寄りかかって気怠そうに眺めていたリアナが、そう思った時である。


 「おや、どうしたでありますか? コウノトリがどうかしたのでありますか?」


 見知らぬ少年が二人の間に存在する道から、不思議そうな表情で見上げていたのは。


 年は15くらい、幼さ残るクリンとした目、やや伸ばした茶髪、そしてハスキーボイスが印象的な美男子。

 しかし、その装飾を見るに貴族階級の人間だと分かる。


 (貴族ねぇ、見てたらアイツ思い出しちゃったよ……)


 そんな少年を見てネルブは一瞬嫌な顔を浮かべたが、ここは立ち去らせるが一番と考える。


 「おーい、貴族の坊ちゃんが歩く様な品の良い世界じゃないよココは~」

 「そ、そうですよ、だから周り右して大通りに戻るべきです! そ、そして私はコウノトリが子供を運んでくる訳でない事をちゃんと理解してますからね! 私は正直者ですからね!」


 だからネルブは、貴族の少年に優しそうな笑顔を浮かべてそう告げ、コウノトリが運んでくると思っていた事実を誤魔化そうとミーナもそれに続いてそう訴える。

 そんな二人の姿から少年は。


 (うむ、何だか勝手に問題が解決した様でありますな)


 っと判断。

 クルリと回り来た道を戻ろうとした時だった。


 「あっ、失礼ながらお二人にお尋ねしたいでありますが、自分の兄上をご存知でありませんか? エドガルド・フォン・リンドブルムと言う名でありますが……」


 少年は片足を一歩動かしたところで、顔だけ二人を見つめ、そう尋ねる。


 「しらないな。 ミーナ、知ってるか?」

 「いいえ……」


 だが、その様な人物など知らない二人がそう答えるのは当然だった。


 「そうですか……。 ご協力、感謝します。 それでは自分はこれにて……」


  結果、少年は残念そうな表情を浮かべてそう言うと、トボトボと去っていく。


 「一体何だったんだろうねぇ?」

 「さぁ……」


 そんな少年の背中を見ながらネルブとミーナは不思議そうな顔を浮かべているが、いくら考えても疑問程度の認識の二人がその答えに辿り着くことはない。

 だから二人はそこまで気にすることもなかった。


 だが、そんな二人と違い、リアナの脳は少年の話に興味を持ったのか、自分の脳内の情報を引き出し、その人物について考え始める。


 (エドガルド・フォン・リンドブルム、確か言えば、行方不明になっているリンドブルム王国の第一王子の名だったか……。 それを兄上と呼ぶとなると、あれは弟のアレクセイか! もしや、この国のどこかにエドガルドがいると言う情報が耳に入ったから、アレクセイはエドガルドを探して、この国に来たのではないか?)


 それは、自分の知る知識と現状を掛け合わせて出した想像であったが、殆ど正解であった。

 そして遂に。


 (しかしエドガルド王子がもしこの街にいるなら何らかの偽名を使ってそうだが……。 エドガルド、エドガルド、エドガールド、エドガールド……。 エドガー……ルド? いや、まさか? いやいや、まさか、エドガーって名前の人間なんて、どこにでも一人は……いないな……。 ま、まさかっ!?)


 確信はないものの、彼女はその答えまで辿り着いてしまったのである。

 そして、その答えを導き出したリアナは、ベッドの上に寝転び、二度寝の態勢に入るのであった。


 (うん、私は何も気づかなかった事にしよう。 関わったら面倒くさそうだし……)


 …………


 「んっ?」

 「あっ、エドガー君おはようございます!」

 「あっ……ミーナさん、おはよう……」


 そんなリアナと入れ替わる様に、エドガーがベッドから起き上がったのだが、にこやかな表情を浮かべたミーナの一言が、眠そうな彼の眠気を吹き飛ばしたのである。


 「ねぇエドガー君、さっき兄上を探している貴族っぽい男の子が来たんだ。 確かエドガルドって人を探しているとか……」

 「んんっ!?」


 その時エドガーの眠そうな表情は吹き飛び、身体から冷や汗がジワッと流れた。

 そして冷静な表情を必死に作りながらも。


 「し、知らないなぁ……」


 っと誤魔化したのだが、その隠しきれない動揺は。


 (え、エドガー君があまりにも必死なのですが!? 何か、何か知っているのでしょうか!?)


 ミーナにそんな不安をもたせるには十分であった。


 「あ、僕今日仕事があるんだった。 ははっ、はははははっ……。 行ってきます!」


 そして、ミーナの不安にトドメを刺す様なエドガーの下手な誤魔化しは彼女にとある結論を出させたのである。


 (あわわわわ……。 も、もしやエドガー君、何らかの事件に巻き込まれているのでは!? その、例えば口にしたら消されるとか!? ど、ど、ど、ど、どうしましょう……!? そ、そうだ、リアナの力を借りれば良いんですよ!)


 だから彼女は、家を飛び出した。

 隣に住むリアナの力を借りる為に……。


 …………


 「…………」


 そんな一部始終がしっかり隣から聞こえてきていたリアナは、座っていたテーブルから立ち上がると。


 「これで良し……」


  入り口の扉の鍵をガチャっと締めるのであった。

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