第8話
「リアナ、リアナ、開けてください!」
「んー……」
「お願いです、大問題なんです! 貴女の力がいるのです!」
「あ〜……」
扉をドンドン叩く音を聞き、ベッドから起き上がったリアナは、苦々しい表情を浮かべ察した。
(疫病神が厄を運んできたな……)
と……。
だがリアナはこの可能性を想定済みであった為、この事態に難なく対処する事が出来た。
「さて……」
リアナは布団を頭まで被り、再び眠りについた。
要するに居留守の手を使ったのである。
しかし。
「リアナ〜、お願い、お願いします! いないんですか、ねぇねぇ!? お願いします、お願いします! うわぁぁぁぁん!」
「り、リアナ!? アンタ朝からリアナの家の前で叫んだりして、一体どうしたんだい!?」
「ね、ネルブさん!」
ミーナのあまりに必死な声は、ネルブを呼び、更には。
「ミーナちゃん、どうしたのかね? 同じメルシス教徒として力になるよ」
「嬢ちゃん、何やってるんだ? 友達と喧嘩したか?」
「お姉ちゃん、何騒いでるの? また騒ぎを起こしたの?」
近所の人がぞろぞろと集まり始めた。
そして、それはリアナにとって不都合な事態を招いてしまったのである。
「皆さん……。 実はここの家に住んでいる方に大切な話があったのですが、どうも反応が無くて……」
「リアナかい? アタシは出ていく姿を見てないけどねぇ……」
「ワシも近所にすんでおるが、ここの方が出ていく姿は見てないがねぇ……」
「俺も家の前で体操をしてたが、変な貴族のガキ以外、見慣れない奴は見てねぇな……」
「僕達も変わった人見てないよな〜」
ミーナの話を聞いた住民達は、ネルブに続き、それぞれ情報提供を始めた。
結果、意見を言い合った住民達は、徐々に一つの結論を口にし出す。
「リアナの奴、多分寝てるんじゃないか? リアナ〜出てこーい!」
「おーい隣人、嬢ちゃんがお呼びだぞ〜!」
「隣人さん、姉ちゃんが呼んでるよ〜!」
「「「出てこい、出てこい、出てこい、出てこい!」」」
そして始まった熱い「出てこい」コール。
そんな住民達の熱い「出てこい」コールを受け、布団を被るリアナは恨めしい顔を浮かべ、こう思うのであった。
(疫病神だ、あの女は絶対疫病神だ……)
…………。
「あ、リアナ! もしかして寝ていました?」
「あぁ寝ていたぞ……」
さて、渋々扉を開けたリアナはミーナに眠そうにそう答えた。
ただそれは、あくまでそう見せているだけ。
心の底は面倒事に巻き込まれた不快感でいっぱいであった。
そんなリアナの本心など知らないミーナは、ざわざわと声を上げる住民を背に、両手を祈る様に合わせ、お願いするのであった。
「リアナ、お願いします! とても内密なお願いがあるのですが、中に一旦入れてくれませんか?」
(人々の視線が集まっているのに、内密も何もないだろう……)
呆れ顔のリアナは静かにそうツッコミを入れるが、それと同時に。
(ただ、この状態で話も聞かずに断れば、この近辺の人々の目が冷たくなり、結果住みにくくなってしまうだろうな……)
と状況を認識。
だからリアナは。
「分かった、話を聞こう。 さぁ中に入ってくれ」
そう答えるしか選択肢はなかったのである。
…………。
部屋の構造はミーナ達の家と似通っていた。
一回にリビング等があり、2階への階段を上がればベッドが置かれた寝室。
ただ決定的に違うのは、木のテーブルとベッド以外のモノが存在しない殺風景な世界であった。
「さて、何の様だ?」
席に座ったリアナは、目の前に座るミーナにそう告げる。
まるで目的を知らない様に自然に。
「実は、エドガー君が何か大変な事に巻き込まれているみたいなのですが、私に話してくれなくて不安なのです! 私、不安なのです!」
「そうか……」
そして、テーブルをバンバン叩きながらミーナが感情込めて言った内容はリアナの想定通り。
なのでリアナはそれに対処するべく、まず同調する態度を取るのだが、またしても予想外の展開が待っていた。
「確かにそれは不安で仕方ないな……」
「ですよね! だけど私はこう思うのです、きっと私を思い、そして騒動に巻き込まれない様にする愛だと……」
「うんうん、そうだな……」
「だけど私は気づいたのです! きっと彼はメルシス教徒として目覚めつつあると! だから彼は私を思い、騒動に巻き込まない様にしているのだとおもうのです!」
「そうだな、素敵な夫だな……」
「……勿論分かってますよリアナ、貴女も私を大切に思っていると……」
「うんうん……、えっ……?」
リアナが困惑する発言、それは昨日の騒動が原因であった。
ミーナはリアナの事を(ミーナを連れ戻しに来た忠義の騎士)と思っていたが、昨日の騒動後に(ミーナの事が心配でやって来た素晴らしい騎士)と言う認識に変わってしまったからだ。
「なのでリアナ、私の為にエドガー君の事、頼みました! とりあえず、帰って来たらエドガー君を向かわせますね〜!」
(え? えぇぇぇぇ!?)
だからミーナは勝手に、リアナが自分のために動いてくれると思っている訳で……。
そして、笑顔で去っていったミーナを見て、不快な表情を浮かべたリアナはこう思った。
(やっぱり、あの女は疫病神だ……!?)
…………
その頃、エドガーの働く酒場では……。
「まずいんだ、非常にまずいんだよアルタイル……」
「いや、マズイだけで伝わる訳ないだろエドガーちゃんよ……」
店の奥にある倉庫の樽の上でエドガーは頭を抱えてそう告げるが、一体何のことか分からないアルタイルに、冷静にそう突っ込まれている。
始まりは店にやって来たエドガーの様子が昼からであるにも関わらず、異様に早く出勤した上、明らかに挙動不審である事を気にしたアルタイルが。
「何か悩みがあるのか?」
と尋ねたのが始まりだった。
勿論エドガーはその申し出に「あぁそうなんだ……」と告げ、悩みを話そうとした訳だが。
(これって下手をすれば、僕が王族である事がバレてしまうのではないか!?)
「実は……」っと言った瞬間に浮かんだそれは、エドガーの言葉を制限するには十分であった。
「その、つまりアレなんだよアルタイル」
「いや、だから分からないからな、エドガー……」
「えーっと、その〜、いわゆるその〜」
「はぁ……」
だからエドガーは手を大きく動かしながら話す訳だが、制限された言葉の中でアルタイルに伝える力は無く、結果。
「エドガー、疲れてるんだよ、お前……」
そう憐れんだ目で肩をポンポンと叩かれてしまう。
そんな反応にエドガーはとっさに「いや、そうじゃなく……」と口から出かかったが。
(いや、このまま頑張って伝えようとして、僕が王族である事がバレたら元も子もない。 ならばここは一旦、どう伝えるか考えるべきか?)
そう思ったエドガーは口の中にその言葉を引っ込め、代わりに。
「すまない、だけど仕事に来ている以上頑張るよ」
そう作り笑顔でアルタイルに告げるのであった。
だが、その決断は失敗であった。
「うわっ、皿が!?」
「エドガー君、大丈夫!? 皿洗いしてて皿を落とすなんて珍しいね……」
「あれ? 注文は……何だったっけ?」
「エドガー、お前が注文をド忘れするなんて大丈夫か?」
「いらっしゃいませ、ご両親に兄、弟……弟様の四名ですね?」
「いやエドガーさん、『いらっしゃいませ』から後の言葉は余計ですって?」
精神的に不安定な状態は仕事にも現れ、彼らしくない小さいミスを連発してしまったのだから……。
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