第43話 偽装記憶喪失!?
「お前だってノリで薬学科を選んでるだろ!」
というわけで、しっかり反論しておいた。
「そうは言っても、魔法とはそもそも物理法則の変容がもたらしたものだから、理系と結びつくのは当然で、文系学科なんてそんなにないよ」
そして佳希が、気にするだけ無駄だと俺の肩を叩いてくれる。ここにたまたま文系学科がないだけで、他の魔法学院も多くの学科は理系学科なのだ。
「ああ、まあ、そうか。それまでの常識が通用しなくなったから魔法って言葉で片付けてるんだもんな」
俺だけじゃなく、世の中のノリも隕石衝突で軽くなっているんだよ。俺はそう心の中で言い訳しておく。
ちなみに魔法学院の文系とは、魔法法学・魔法政策学・魔法行政学・魔法経済学の四つしかないとのことだ。それも各魔法学院に一つか二つしかない場合が多く、第三のようにない場所もあって、それは極寒であり魔法濃度が高くて特殊な第八だった。
あとはみんな理系学科。薬学がたまたま不人気であるのは第三だけのようだが、魔法天文学研究科や魔法物理学研究科のように、狭い分野を極める学科が設置されている学院もあるという。
「はあ。そういうの、中学の時に調べなきゃ駄目だったのかなあ」
「どうだろう。多くの人は魔法科しか考えていないから、藤城みたいに近所の学校で、そこにある学科を第二志望にするしかないんじゃない?」
俺の悩みに、胡桃は大丈夫だってと親指を立ててくれる。だから、君はどういう目線で語っているんだ?
「それでも工学科は下に見られるんだあ。物理学科はこの世界の法則を解き明かすことに貢献してるって言い張るし、化学科は化学式を新しく解明したって言えるし、天文学科は隕石の謎解明に貢献してるんだあ」
そして、しばらく放置された石川が、そう涙声で訴えてくる。どうにも劣等感が激しすぎるようだ。
「ううん。工学って、機械以外に何があるんだろう」
俺が根本的なところを訊ねると
「建築もそうだし、ほら、電気。今点いている電気だって、魔法工学のおかげだよ。まあ、家庭用の電気が絶えて久しいから、電気がどうしたって思われがちだよね。お店とかだと、電気を放つ虫で代用しているところもあるし」
ぐちぐちとそう教えてくれる。
「虫っていうと、電気ホタルか。あれって効率悪いしコストも掛かるんじゃなかったっけ」
大狼がこの電気の方が優秀じゃないのかと天井を指差すが
「今は発電所ってものがないからね。それほど効率はよくないんだよ。たまに爆発事故を起こしちゃうし」
と、話がブーメラン的に最初の事故の話に戻って来た。
「事故って頻繁に起こるものなのか?」
朝倉がようやく聞き取りを再開できるなと、そう質問する。
「ううっ。多くはないけど、ゼロではないって感じかな。年に二・三回起こる感じかなあ」
「全国で、か」
「いや。各都道府県で」
「とすると、だいたい年間百四十回くらいは事故が起きているのか。魔法事故よりは少ないな」
朝倉が、全魔法科の起こす事故の方が多いと、そんな分析をしてくれる。確かに魔法科は大なり小なり、常に何か事故を起こしていた。
「つまり、板東さんが巻き込まれた事故は、さして珍しくない部類ということか」
また話が迷走しそうだと気づいた須藤が、そう質問を変えてくれる。すると石川は大きく頷き
「珍しくないねえ。でも、肩こりが治ったとか、腰痛が治ったってのは聞くんだけど、記憶が飛んだってのはない事例だね」
と付け加えてくれる。
「え? 記憶は飛ばないのか?」
俺は肩こり云々より、板東を襲った症状が珍しいことが気になった。そもそも、石川に自白剤を飲ませたのは、天花の反応と夏恋の反応に差があり、本人は記憶がないことを気にしていないようだと気づいたからだ。
「ううん。事故の瞬間が飛ぶ人は多いけど、固有名詞を忘れるほど深刻なものは、ほぼないと思うねえ。ただでさえ事故防止のために防御魔法を使っているから、身体に走る電流なんて、たかが知れてるんだ。まあ、板東さんも事故の直後は混乱していたけど、今では何ともない感じだし」
「え?」
「忘れていることがあるっていうけど、ううん。確かにあの研究のことについて言わなくなったなとは思うけど、それ以上に何か忘れているって感じることはないなあ」
「どういうことだ?」
ますます話がややこしくなっていないかと、俺たちは思わず顔を見合わせる。と、ごちんという音が教室に響いた。
「あっ」
音のした方を見ると、石川が机に頭をぶつけた状態で止まっている。一体どうしたんだと思っていると
「自白剤が切れたな。このまま石川は朝まで寝ちゃうだろうよ」
朝倉がタイムリミットだったなと溜め息を吐く。
(本当に酔っ払いと変わらないな。二日酔いがないってことしか変わらねえ)
俺たちがそう呆れたのは言うまでもなく
「ともかく、ただの記憶喪失じゃないみたいだな。板東って子にも自白剤を飲ませるのが早いかもしれん」
朝倉はそんな結論に落ち着くのだった。
とはいえ、気心知れた相手ならばいざ知らず、学生に騙し討ちのように自白剤を飲ませるわけにはいかない。朝倉も自白剤は最終手段で、自力で夏恋に説明させるのが一番だという。
「でも、なあ」
「喋りたくないから、記憶喪失になったことを利用して都合良く忘れたふりをしているんだよなあ」
「な」
「どうしよう」
石川に自白させた翌日。俺たち薬学科一年は、これを解決まで導けるのかと首を傾げてしまう。一先ず、記憶回復の薬は必要ないらしいが、今度は探偵のように何を隠しているのかを探るという任務が発生してしまった。
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