第42話 酔っ払いと同じでは・・・
それはともかく、旅人は失敗したものの、無事に自白剤は三つ出来た。あとは石川に飲ませるだけだ。
「これ、味ってどうなんだろうな?」
俺はビーカーの水色の中身を見て、そんなことが気になる。
「間違っても飲むなよ。幼少期の恥ずかしいエピソードを、ここで思い切り開陳していいならば飲め」
くんくんと匂いを嗅ぐ俺に須藤がそんな注意をしてくるので、すぐに俺はビーカーを机の上に置いていた。
「ええっと、なんでしょう」
夕方。大狼と朝倉も揃ったところで石川が薬学科に呼び出された。そして、目の前にどんっと水色の液体を置かれて戸惑っている。
「飲め」
しかも朝倉は説明をすっ飛ばしてそう命じた。いいのか、うっかり幼少期の恥ずかしいエピソードを語るかもしれない薬を、飲めとだけ言って。俺は心底石川に同情してしまう。
(幼馴染みって、選べないだけに辛いよなあ)
俺は友葉の顔を思い浮かべ、ますます石川に同情する。このオッサンの近所に住んでいたのが運の尽きだ。
「の、飲みますけど、これ、何ですか?」
「板東という学生が記憶を取り戻すために必要なものだ」
「はあ」
朝倉は絶対に石川に自白剤だと言わないつもりらしい。先生は他に須藤もいるが、須藤はにやにやと笑っているだけだ。めちゃくちゃ質が悪い。
「ぐいっと、ぐいっとどうぞ」
さらに胡桃が悪ノリしてそんなことを言っている。あの子は本当に、見た目の可愛さで誤魔化されては駄目な性格をしている。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
石川は一度、俺や旅人に縋るような目を向けたが、誰も助けてくれないと悟ると、コップに移されている自白剤を手に取った。そして、ええいっという気合いが聞こえてきそうな顔をしてそれを飲み干す。
「ん? 意外と美味しい」
苦いと思っていたらしい石川は、飲み干してからそんなことを言っている。
(美味しい自白剤。ヤバさがさらにアップした気がする)
俺が呆れていると、石川の目がとろんとし始めた。それから身体がゆらゆらと揺れ始める。
「だ、大丈夫か」
まるで原材料のキョウチクトウになったかのように動き出した石川に、俺はぎょっとする。が、須藤が大丈夫だと俺の肩を捕まえた。その間に朝倉が揺れる石川に近づくと
「君の名前は?」
そう質問した。
「石川佐介です」
石川は何を解りきったことをと顔を顰めることもなく、そう答えた。自白剤の効果が現われ始めたようだ。
「四月にあった事故を覚えているか?」
朝倉はぐっと親指を立てると、質問を続ける。
「事故・・・・・・ああ、あれは困ったものだったねえ。ただでさえ工学科って評判がよくないのに、ああ」
が、石川は事故の詳細を語らずに愚痴を零す。
「評判がよくない?」
俺は意味が解らずに問うと
「落ちこぼれだって、言われるんだよねえ。何も知らずに入ってきた一年には申し訳ない限りだよ。みんな、就職口があるからって選んでくれているから、辞めるって子は少ないけどさあ。でも、魔法学院では一番下なんて、平気で言ってくる奴がいるからねえ」
石川はこれにも素直に答えた。どうやら工学科で聞いた愚痴が混ざっているらしい。
「そんなことはないだろう。しかも、就職だけでうちの十倍の学生がいるのか。納得出来ん」
で、それに思わず反論しているのが朝倉だ。
(おいおい。話が逸れていくぞ)
俺がそう思っていると
「重要だよ、将来の進路って。特に隕石衝突で多くの仕事が変容してしまったんだもん。就職って簡単なものじゃなくなったじゃん。お金の稼ぎ方が変わってしまった時代において、就職先が一杯ありますって魅力なんだからねえ」
石川が珍しく熱弁を振るう。
(どっちなんだよ。工学科が下なのか上なのか、解んねえよ)
俺は石川の言い分が解らずに顔を顰めるが
「実生活では役立つものの、魔法師としては二流ってことか」
朝倉が割と酷いまとめをしてくれた。
「ううっ、そのとおりです」
でもって、石川もそれに同意して泣き始めるんだから、困ったものだ。
「ああ。俺だって魔法対応の機械を作ることに誇りを持ってやってるし、学生たちにも誇りを持ってやってもらいたいよ。でも、魔法使いっていう大枠で見たら、普通の高校大学に進学した人と大差ないなんて、やっぱり可哀想だし自信喪失になっちゃうよ。俺だって散々言われて自信なくしたし」
さらに石川の愚痴はそう続いてしまう。
「自信をなくしたって、あれだけ機械が好きなのにか?」
朝倉も意外な方向に話が進むなと思いつつ、石川の心に関して突っ込んだ質問をしてしまう。
「機械は好きだし、それに誇りを持っているけど、社会の目は厳しいの!」
それに対し、石川は酔っ払いのように机をどんっと叩いて主張する。
「だからせめてと思って、見た目は変えたのに、はあ」
そして金髪に染めた髪を弄ってぼやく。
(その不良な見た目は舐められないためだったのか)
どうにも気弱な性格と見た目が合致しないと思っていたら、とんでもない理由が飛び出してきた。
「なんでだろうなあ。みんな、必要としている分野に対して冷たいよ。国家魔法師なんて人口の1パーセント程度しかいないし、他の科の出身者だってそんなに多くないし、挫折して普通の道を進む人だって多いし、急に魔法が使えなくなる人だっていて、俺たちの仕事は凄く必要なのに。工学科に来る子はその辺を理解しているいい子たちなのに、どうして下に見るんだよう」
石川は話しているうちに感情が高ぶっているようで、泣きながらそんな演説をしている。完全に酔っ払いと同じだ。
「そう言えば、薬学科を選ぶ奴は極端に少ないよな。医学科もそうなのか?」
俺はどうなんだと大狼を見る。
「薬学よりは多いけど、医学も少ないな。っていうか、第三って極端に理系だし、ここを選ぶ奴自体が少ないよな」
「えっ、そうなのか?」
ご近所だからと第三を選んだ俺って、実は自分から過酷な道に飛び込んでいるのか。
「藤城らしいよな。どうせ魔法科しか見てなかったんだろ」
さすがにそこは調べようよと、同じ穴の狢っぽい旅人にまで呆れられてしまう。
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