第41話 自白剤の製薬だぜ

「それで、単純な記憶喪失の話じゃなくなったって、どういうことだ?」

 朝倉は大あくびをすると、改めて説明してくれと俺たちに訊ねる。ということで、朝からの出来事をざっと説明した。

「ふむふむ。じゃあ、石川先生に取り敢えず自白剤を飲んで貰うか」

 で、あっさり朝倉がそんなことを言うので

「いいんですか?」

 俺は不信感たっぷりな声を響かせて訊いてしまう。いくら先生同士とはいえ、自白剤なんてそう簡単に使っていい物とは思えない。

「大丈夫だろう。あいつはただの機械馬鹿だしね。よし、一年生諸君、自白剤を作ってくれ」

 しかし、朝倉の石川に対する扱いは軽い上に酷く、あっさりそんな指示だけ残して去って行ったのだった。



「今回の事件の担当を石川先生にしちゃうし、二人の関係ってなんなの?」

 さて、俺たちはそのまま実験室に移動して自白剤の製薬方法を須藤から講義されていたのだが、胡桃が作業に取り掛かる前に佳希に質問する。

「ああ。朝倉先生と石川先生は友人関係にあるんだよ。幼馴染みみたいなものだと言っていたから、今回の天花先輩と夏恋の関係みたいなもんだな」

 そしてそれに対して佳希はビーカーを用意しながら、あっさりと答えてくれる。

「あのさ、その情報って」

「増田先生からだ。昨日、あれこれ質問されたから、ついでに聞き出しておいた」

「ああ、そう」

 俺は確認するだけ馬鹿だったなと、溜め息を吐いてしまう。あの惚れ薬事件以来、佳希と増田は強力なタッグを組んでいる。是非とも紬にもこの同盟に入ってもらいたいものだ。

「ふうん。じゃあ、これを飲ましても問題ないのか」

 で、旅人が原材料である蠢くキョウチクトウを持ちながら、うげっと顔を顰めている。これを飲ましてオッケーって思っている幼馴染みなんて持ちたくない。顔が明確にそう訴えている。

「問題ないって言ってもいいかは不明だけど、同意は取りやすいんだろ」

 俺はどこかに置けよと、うねうね蠢くキョウチクトウに顔を顰める。別に動く植物なんて珍しくないが、こいつの動きはヘビを彷彿させて嫌だ。気持ち悪い。

「はあ。任せた」

 旅人はそんなヘビのようなキョウチクトウを俺に押しつけてくれる。俺はうねうねの動きにイラッとして

「てりゃ!」

 力任せに折り曲げていた。するとますますうねうね動く。

「うおおおっ。気持ち悪っ」

「馬鹿。刻まないと動き続けるぞ」

 うねうねが倍になったとドン引きする俺に、須藤はとっととやれと包丁を渡してくる。まったく、薬学科に入ってから、圧倒的に包丁を使う機会が増えた。俺はやれやれと思いながらも

「おりゃああああ」

 慣れた手つきで高速でみじん切りしていく。

「凄いぞ、藤城」

「さすが、伸びしろがある」

「おい、胡桃。さりげなく馬鹿にしてんだろ!」

 拍手してくれる佳希と違い、やっぱり上から目線の胡桃だ。俺は呆れつつも、無事にキョウチクトウの束をみじん切りすることに成功した。さすがにバラバラになってしまっては、キョウチクトウも動かない。

「ええっと次は」

「これだ」

 ぬっと差し出されたのは、この間、脱走事件を演じてくれた朝顔だった。といっても、須藤が持っているのはその種なので、脱走することはない。

「刻んだキョウチクトウと朝顔の種をミキサーに入れて混ぜ合わせろ」

「はい」

 俺が頷くと、佳希がささっとミキサーを持ってきてくれる。このおっぱい変人は、色々とおかしな部分があるものの、基本は優秀だ。

 こうしてミキサーで二つをしっかり混ぜ合わせる。その途中で止めて、魔法カリウムを混ぜ合わせながら、しっかりスムージー状になるまで混ぜる。

「よし。四つのビーカーに分けて入れろ」

 しっかり混ぜ合わさったことを確認し、須藤が胡桃にそう命じた。胡桃はテキパキと均等に四つのビーカーに液体を注ぐ。注がれた液体は、ただの緑色の不味そうなスムージである。

「さて、諸君。ここからが魔法薬学の本題だ」

 俺たち一年それぞれにビーカーを持たせた須藤は、空のビーカーを手に基礎を思い出せと、もう一方の手をビーカーの上に翳す。それは魔法を掛けて変性させる時の動きだ。

「うっ」

「あれか」

 入学初っ端、試薬でやってビーカーを粉砕した過去がある俺と旅人は顔を顰める。

「大丈夫だ。この二ヶ月でお前たちも様々なことを学んでいる。薬が正しく出来上がるように念じながら、そっと魔法を掛けろ」

 俺たちに向けて須藤は自信を持てと笑ってくれる。確かにこの二ヶ月は色んなことがあったが、基本魔法が上手くなったかは別だと思う。

「ええい」

 しかし、ここでやらないという選択肢はないので、俺はビーカーの上に手を翳し、大きく息を吸うと

「薬学魔法基礎・変性」

 気合いとともに魔法を発動した。すると、ぼふんとビーカーから煙が上がる。

「うっ」

 失敗したのかと俺は咄嗟に目を瞑ったが

「凄い」

「綺麗な水色になってる」

 旅人と胡桃の声で目を開けた。

「あっ」

「成功してるぞ」

 須藤よりも先に佳希が正しい状態だと教えてくれる。と、佳希の手には同じく緑から水色になった液体が入ったビーカーがあった。

「いや、お前、いつの間に」

「私は詠唱しなくても使えるようになってるからな」

「ぐっ」

 まだまだ薬学馬鹿には追いついていないってか。俺は悔しがるが

「薬学魔法基礎・変性!」

 横で旅人が魔法を発動。さらに、ばりんっというビーカーが砕ける音が続いてそれどころではなくなる。

「ぎゃあああ。へ、ヘドロが」

「お前は成長がないなあ。罰として特性激マズ薬草ジュースな」

 手や髪に飛び散ったヘドロ状になった薬品に顔を顰めると、すぐに須藤が罰を言い渡す。それに俺たちは苦笑しつつも

「ジュースもあるんだ」

 そっちが気になるのだった。

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