第35話 悪魔小豆と妥協点

 増田に手を引かれて立ち上がった胡桃だが、すぐにその手を離して俺のところに来ると

「カッコよかったじゃん。見直した」

 ぐっと親指を立ててくれる。

「ははっ、どうも。って、なんでここでも上から目線なんだよ」

 俺はお前のキャラがやっぱり解らんと苦笑いだ。

「ほらほら。どんどん白衣が臭くなるぞ。さすがに魔法でも取り切れないからな」

 と、朝倉がそう言って胡桃を追い払う。胡桃もアンデッドの肉片と体液でどろどろなことを思い出し

「ああ。しばらくハンバーグが食べられなくなりそう」

 愚痴を零しながら増田のところへと走って行く。

「あいつ、絶対そう言いながらハンバーグ食うな」

「ああ。なんなら今日の晩飯に食いそうだ」

 大狼の呟きに、俺も激しく同意。胡桃は見た目以上にタフな女の子だ。

「おおい。回復薬だぞ」

 そこに佳希と、どこかに隠れていたらしい旅人がやって来た。無理に飛び出さないあたり、旅人は意外と慎重な性格をしているようだ。その割に怪我をする確率が高いのだから、災難な人とも言える。

「あっ、俺って回復薬飲むのは初めてだ」

 俺は回復薬の瓶(どう見ても昔ながらの栄養ドリンクの瓶)を受け取りながら、どういう味がするんだろうと興味津々だ。

「確かに、薬学科って作るばっかりで飲む機会はないよな」

 旅人も味の感想をよろしくと軽い。

「よし」

 瓶を開けてぐびっと飲み

「や、薬草たっぷりな味わいだ」

 そこは栄養ドリンクとは味が全く違うと顔を顰める。なんだろう、苦めの青汁。ちょっと爽やか。そんな感じの味である。

「飲み慣れると癖になるけどな」

 一方、日頃から回復魔法の後にお世話になっている大狼は慣れた様子だ。

「おっ、もう身体が楽だ」

 しかし、味はイマイチでも効果は覿面で、俺はもう身体が軽いとびっくりしてしまう。

「そりゃあ、俺お手製だからな」

 それに朝倉が作ったのは魔法薬学の権威の自分だしと苦笑してくれるのだった。



「重ね重ね、ご迷惑をおかけしました」

 数日後。増田は魔法薬学科にやって来ると、俺たちに深々と頭を下げた。手土産に高級な悪魔小豆あくまあずきを使った饅頭まで持ってきて謝罪する。

「全くだよ」

「一応、世界一の魔法使いなんだよ」

「国家魔法師のトップなんだぞ」

「みんなの憧れなんだからね」

 それに対して俺たちは一応文句を言いつつ、しっかり悪魔小豆饅頭に手を伸した。

 この悪魔小豆は普通の小豆と違い、大きく身がほくほくなのが特徴だ。和菓子との相性ばっちりで、その美味しさは折り紙付きである。しかし、採取は非常に危険で、魔法薬学研究科出身者か、国家魔法師しか採取できないという、超貴重品でもあった。

「悪いね。一個千円もする饅頭まで貰って」

 しかし、事の発端である朝倉の調子は軽い。おかげで一年全員がぎっと睨んでいたほどだ。

「そもそもは朝倉先生が、増田先生の気持ちをちゃんと汲み取っていなかったからですよね」

 被害の大きかった胡桃が、しっかりと嫌味を言う。そんな彼女はしっかり饅頭を三個も確保していた。

「いや、だって、恐ろしく過去の栄光だよ」

 だが、朝倉がそれくらいで反省するわけなかった。けろっとした顔で言う。

「酷いです。今もなお、燦然と輝く天才なのに」

 おかげで増田が恨み言を述べたほどだ。

「ううん。だって、今は魔法薬学で注目されることが多いから、自分が国家魔法師であることも忘れちゃうんだよね。定期的に魔法省に呼び出されて仕事を言い渡されない限り、自覚しないっていうか」

 しかし、それでも軽い調子を変えないのが朝倉の凄いところだ。ぼさぼさ頭を掻きつつ、饅頭を食らう姿はそこらのオッサンでしかない。

「そもそも、魔法省から直々に指名が来て仕事を頼まれること自体、凄いことなんですよ。なあ、学生の皆は解ってくれるよな。直轄業務はクエスト難度で言えばSS級の難しさなんだよ」

 増田は朝倉を諦めて、俺たちに凄さを説き始めた。が、魔法省の業務と無縁の俺たちは

「そういうランク付けがあるんですね」

 というところからである。

「ううっ。なんてアウェイなんだ。ともかく、俺でも二年に一回ほどしか任されず、そのほとんどが朝倉先生に振られるって言えば解るか」

 増田は心が折れそうになりながらも、必死に説いてくれる。よほどこうやって凄さを訴える機会に飢えていたのだろう。そう解る必死さだ。

「へえ。凄いですね。さすがは我らの朝倉先生」

 で、それに乗って上げられるのは、朝倉に憧れる佳希だった。しかし、朝倉はそっちで褒められても嬉しくないと、手をひらひらさせるだけだ。

「はあ。でも、いいんです。こうやって朝倉先生とたくさん喋れる機会が出来たし、その教え子たちとも仲良くなれたから」

 そして、先に妥協点を見つけたのは増田だった。

「じゃあ、朝倉先生のストーキングはここで終わりってことですね」

 胡桃が二度とやるなよとばかりに言うと

「もちろん。代わりに君たちから情報を貰う」

 増田はぎゅっと俺たちと握手していく。

「おいっ」

 俺は代わりに使うなとツッコミを入れたが、あの増田がここまで気さくな人と知れたのは、まあ収穫だろうか。仲良くなっておいて損はない人物でもあるし。

「まあ、惚れ薬は今後のトラブル対策のために仕上げてしまおう。丁度良く、昨日のネズミで有意義な反応が得られたしね」

 そして問題の中心人物の朝倉は、やっぱり魔法薬学にしか興味がないのだった。

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