第36話 夢見る少女は強かった

「よく解んないわね、増田先生。取り敢えず、鼻持ちならない奴ではないってのは解ったけど」

「いや、お前の感想が一番酷いな」

 夕方。紬の様子の確認のために友葉を呼び出した俺だが、増田のストーカー行為の顛末を聞いての感想が凄かった。

「いや、だって、俺ってカッコイイって思い込んでいる感じあるじゃん?」

 友葉は多くの人が思うってと、近くに張ってあった魔法省のポスターを指差す。廊下の掲示板に貼ってあったそれは、今年の国家魔法師の試験が近づいていることを報せるものだ。その真ん中には俺に続けとばかりに笑顔を向ける増田の顔がある。

「この自信満々な顔は演技っていうか、朝倉に追いつきたいっていう欲求の現われっていうか、そういうもんみたいだ」

 俺はこのポスター、ちょっと制作者の悪意を感じるぞと苦笑いを浮かべる。そして、重要なのは増田の自信ではない。

「それで、紬ちゃんはどうなんだ? 色々とショックを受けていたみたいだけど」

 増田が朝倉大好きなことが確定し、さらに朝倉からツタ植物を投げられて怖い目にあった紬は、あの日、大パニックを起こしていた。

 それから三日ほど寝込んだことは聞いたが、それからどうなったのだろう。薬学科はその後もアンデッド騒動や、惚れ薬開発を続行することが決まって忙しかったから、紬のことを把握しないまま今日に至っている。

「ああ。紬ね。しばらくは現実を受け入れられずにうじうじしていたみたいだけど」

 友葉はそこで丁度いいやと、やって来た紬を手招きする。見ると、紬は元気いっぱいな様子でこちらに駆けて来た。

「お久しぶりです、藤城君」

「あ、ああ」

 その復活ぶりに、俺のほうがたじろいでしまう。この数日の間に彼女に何があったというんだ?

「私、増田先生の新たな魅力に気づいて、あっ、ショックを受けている場合じゃないなって思ったんです」

 で、そんな俺の疑問に答えるように、紬が力説し始める。

(って、増田の新たな魅力だと!?)

 俺はどうなってるんだよと友葉を見ると、友葉は困ったものでしょと肩を竦めるだけだ。どうやらこれが通常運転らしい。

「ああ、なんて可愛らしい人なんでしょう。小さい頃の憧れの人を追い掛けて一途だなんて、可愛すぎ」

「おおいっ」

「そんなあの方をサポートして差し上げられたら、ああ、素敵っ」

「もしもし」

 またまた夢見る少女状態に陥る紬に、大丈夫ですかと俺は肩を揺する。頼むから夢から覚めてくれ。

「藤城君」

 しかし、逆に俺は紬にがしっと手を握られた。思わずドキッとする俺を、友葉はぎゅっと足を踏んづけて現実に引き戻してくれる。

(はいはい。俺に惚れるわけないですよね)

「ええっと」

「だから、朝倉先生の情報、いっぱい頂戴ね。聞いたところによると、朝倉先生のお気に入りなんでしょ」

「はあっ!?」

 いつから俺があのオッサンのお気に入りになったんだ? っていうか、情報も貰いたいのならば、確実におっぱい変人の佳希と仲良くなった方がいい。佳希は増田とも仲良くなっているから、増田の情報だって貰えるはずだ。

「ねえ。朝倉先生は今日、どんな服装でしたか? お昼は何を食べてましたか?」

「おおいっ」

「そう言えば、国家魔法師なんですよね。増田先生とお仕事でタッグを組むことってなかったのかしら」

「だああああ」

 ガンガン質問してくる紬に、俺は助けて~と悲鳴を上げるしかないのだった。




「タフだな」

「女って、怖ええ」

 翌日。紬は増田のために朝倉のストーカーになったと報告したところ、大狼も旅人も呆れ返っていた。旅人は両肩を抱き、わざとらしく恐怖に戦く演出までしている。

「まあ、そういうわけだから、元気だよ。紬ちゃん」

 俺も何がどうなればそういう発想になるんだろうと、コーヒー牛乳片手に遠い目をしてしまう。

「惚れ薬の目的も変わるし、よく解らん、薬学科」

 そして大狼は、この薬学科ごとおかしいと文句を言ってくれる。とんでもない流れ弾だ。

「で、お前はいつまでその変な薬学科にいるんだ?」

 すっかり馴染んでいる大狼に、おかしいのはお前だろとツッコミを入れる。

「ふん。今日はアンデッドの回収と、必要な薬品を貰いに来ただけだよ」

 大狼もついつい癖で話し込んでいたと、決まりが悪そうに頭を掻く。こいつは最初の印象とちょっと変わって、意外と気さくで人情深いんだなと認識を改めている。

「早く行けよ。あっ、朝倉に会ったら今の話、伝えといて」

「けっ。まあ、朝倉先生は何とも思わないだろうけどな。なんせ増田先生のストーキングに気づいていなかったわけだし」

「確かに」

 俺は苦笑し、出て行く大狼に頑張れと手を振っておいた。

「はあ。なんかどっと疲れたな」

 旅人は大狼が出て行って、ようやく通常モードに戻るのかと肩を回す。確かに惚れ薬騒動が持ち上がってから、ずっと何かと忙しかった。

「そうだな。ってか、一年の授業はこれでいいのかよ」

 俺も薬作りに先生たちがノリノリで、通常授業を忘れてないかと顔を顰める。まあ、そんな普通の勉強よりも刺激的で面白かったのだが、それで自分たちは卒業できるのかと不安になる。

「あのぅ」

 と、そんな俺たちに遠慮がちに声を掛けてくる女子がいた。

「何か用?」

 見てみると、ポニーテイルの繋ぎ姿の女子がいた。魔法工学研究科の学生のようだ。その子はちょこちょことポニーテイルを揺らしながら俺たちに近づいてくると

「ちょっと相談がありまして」

 と言い出す。

「相談?」

 俺はすぐに警戒した。このポニーテイルに繋ぎというなかなか可愛い女子もまた、惚れた相手がいるとでも言い出すのだろうか。惚れ薬開発はすでに第三魔法学院の中で知れ渡っているから、その可能性は高い。

「はい。記憶を取り戻す薬ってないですか?」

 しかし、その女子が放った言葉は、俺たちの想像の斜め上を行くものだった。

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