第31話 増田の意外な側面
とはいえ、朝倉はやることが山のようにあるので
「君たち。あれこれ聞き出しておいてくれよ。藤城君だけでは見落としている点もあるかもしれないからね」
そう指示を出すだけだった。
「ぐほっ。お前、他の奴がいる前でも突撃するんじゃねえよ」
薬学科の建物を出ると、いつも通りに友葉に突撃されて、俺は唸る。しかし、友葉はそのまま俺に抱きついたまま
「あ、アンデッドが」
と呟いた。
「えっ」
「どこに?」
野良アンデッドという情報を得たばかりなので、俺たちはきょろきょろと周囲を窺った。しかし、学生以外にはいないように見えた。時間も遅いとあって、作業があったのだろう、ジャージ姿の動物科、つなぎ姿の工学科の連中が歩いているくらいである。
「あっちで見たのよ。もう、怖くて」
友葉はそれでもぎゅっと俺の背中にしがみついている。幼馴染みの意外な一面の発見だ。
「お前、アンデッドが」
「い、いや。普段は大丈夫よ。で、でも、夕暮れ時よ。向こうの姿がはっきり見えないという黄昏時よ。それは、どきってするでしょ」
俺がにやっと笑ったら、友葉は俺の背中を殴りながら言い訳をしてくれる。それに周囲は呆れていたが
「それより、問題の紬ちゃんは?」
一人いないんじゃないかと旅人が確認する。
「ああ、それね」
友葉は旅人に話し掛けられて、ようやく俺から身体を離した。そしてふうっと溜め息を吐くと
「さっき、増田先生の姿を見かけて、ストーキングに出掛けちゃたわ」
やれやれと首を横に振って教えてくれる。
が、これに薬学科の俺たちは固まった。それは最悪の結末の一歩手前ではないか。という危機感が過ぎる。
「増田先生をどこで見かけたんだ?」
「えっ? ええっと、アンデッドに会う前だから、十分前くらいにあっちで」
友葉が指差す方向に、俺たちは慌てて走り出す。
「ちょっ・・・・・・アンデッド・・・・・・紬って・・・・・・帰るんじゃないの?」
友葉は色んな事を訊きたくて、あれこれ混ざったことを言いつつ、俺たちの後を追い掛けてくる。
「私、朝倉先生を呼んでくる」
と、ここで機転を利かせた佳希が、朝倉の応援を頼むと校舎の中に戻っていく。
「頼んだ」
「ど、どうしたのよ?」
「ともかく、今は紬ちゃんの安全の確保だ」
「えっ」
慌てふためく友葉の手を掴んで、どっちに行ったか教えてくれと俺は頼む。それに友葉もようやく落ち着きを戻すと
「こっちよ」
逆に俺の手を引っ張って走り始めた。さすがは魔法科に合格するだけあって、いざとなったら度胸が据わっている。
キャンパス内を進み、魔法科の建物付近を通り抜け、大事故のあったグラウンドへと到着する。そのグラウンドはすでに魔法工学科によって綺麗に元通りにされた後だ。事故の痕跡はなく、普通のグラウンドが広がっている。
「さっきはここにいたんだけど」
友葉はきょろきょろと辺りを確認する。しかし、グラウンドは夜間用の照明が点いていないせいで真っ暗に近い。
「増田先生はどの辺りに」
「あ、あそこ。真ん中付近」
友葉が指差す場所は、すでに夕闇に包まれて見通せない。俺は目を凝らして見たが、人がいるのかいないのか判別出来なかった。それは旅人も胡桃も同じで
「いるかどうか、解んないね」
と呟く。
「友葉。暗視の術って使えるか?」
俺の確認に、友葉はやってみると頷くと
「忍術魔法2・暗視」
小さく呟く。それからじっとグラウンドを見つめた。それからきょろきょろと見渡すと
「あ、あそこ」
グラウンドの反対側を指差した。そこに増田がいるという。
「紬ちゃんは?」
「待って。ううん、あれ?」
きょろきょろと増田の周囲を見渡すが、紬の姿を見つけることが出来ないようだ。どうしたんだろうと首を傾げる。もっとと友葉は目を凝らそうとしたが
「危ない!」
ぴりっと空気が電気を帯びるのを察知して、俺は友葉を抱えてグラウンドに伏せた。と、同時にフラッシュのように周囲がかっと明るくなる。
「うわっ」
「きゃっ」
反応出来なかった旅人と胡桃が悲鳴を上げる。しかし、大きな光りが放たれただけで実害はないものだったようで、二人とも落ち着いている。
「なんだ?」
俺が顔を上げると、その前に誰かの足がぬっと現われた。
「えっ?」
そのまま顔を上げると、なんと増田がそこに立っていた。俺を見下ろし、なんだという顔をしている。その顔がちょっと残念そうに見えたのは、どういうことだ?
「君、薬学科だな」
「えっ、はい」
今は白衣を着ていないし、何で知っているんだと不思議に思いつつも俺が頷くと、増田はそのままくるりと背を向ける。が
「おい、何があった?」
上空から朝倉の声がすると、増田は再び振り向いた。
(ん? なんだ?)
その顔が何だか嬉しそうな気がする。
俺と俺の下にいる友葉は、何だろうとそのまま窺っていると
「ああ。朝倉先生。すみません。逃げたアンデッドを追い掛けていたんですよ」
箒から降り立った朝倉に嬉しそうに報告する。その姿は、普段ポスターや宣伝で見かけるものとはまるで違う、少年のような笑顔だ。
「ああ。野良が出たって話だったが、学院の敷地内にいたのか」
「はい」
「・・・・・・」
(俺たちを無視して和やかに話を進めるなよ。っていうか、増田の奴、朝倉と話せてめっちゃ嬉しそうなんだけど)
俺はどうなってるんだと首を傾げるしかない。それはこの状況を見守っていた旅人や胡桃にとっても同じだ。
「そうか。じゃあ、何とかここで確保したいな」
「もちろんです」
「だが、その前に学生たちの安全を確保するのが先だ。君たち、ともかく校舎に戻りなさい」
朝倉はそう言って俺を起こすと
「どうした?」
不思議そうに訊いてくる。どうやら朝倉にとってこの増田の態度はいつものことのようだ。
「い、いえ」
俺はこの場では立ち入れない、というか増田の視線が怖くて、あれこれ言いたいことを飲み込んだ。
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