第32話 とんだ災難だよ

 俺たちは邪魔にならないように撤退しようとしたのだが

「お前が朝倉か!」

 急にそんな咆吼が聞こえた。そう、まさに獣のような叫び声だ。恨み満点な声とも言い換える事が出来る。俺たちはびっくりしてそちらを振り向き

「紬!」

「紬ちゃん!?」

 叫んだ人物の姿を確認してビックリしてしまう。さらに、その紬が朝倉に向けて杖を向けるから、ますますビックリしてしまう。

「ええっ!?」

「危ない!」

「いや」

 増田が朝倉を守ろうと前に出たが、それを朝倉が止める。そして、なぜかポケットからツタ植物を取り出した。うねうねと動くそれは、隕石衝突前には甲子園球場の名物だったという、あのツタだ。今では勝手に移動してしまうので、建物に巻き付けることは不可能になってしまった、ツタ。

「ええっと、先生?」

 俺が戸惑っていると

「行け!」

 朝倉はそのツタ植物を紬に向けて投げた。さすがに植物を投げつけられると思っていなかった紬は、反応が遅れる。避けることが出来なかった。

「きゃああっ」

 ツタは紬に当たると、ぶわっと広がって紬の身体を拘束してしまう。その一瞬の出来事に、守ろうとした増田まで唖然としている。

「ええっと、あれって」

 俺が大丈夫なのかと紬を指差すと

「ああ。アンデッドの捕獲用にって持って来ていたものだ。大丈夫、絡みつくだけで絞め殺すことはないよ」

 朝倉は手っ取り早いだろと、しれっとした顔をするのだった。



 教室に戻り、ツタ植物から解放された紬は、それはもう宥めようがないほど泣き始めた。

「ええっと、どうなってるの?」

 友葉が困って俺たちを見るが、俺たちはそのまま朝倉と増田を見る。増田はがっつり朝倉を見たまま。その朝倉と言えば、解んないなあと頭を掻いている。

「当事者だけ理解していないわね」

 胡桃の呟きに俺たちは大きく頷く。

「ごめん。私も解ってないけど」

 友葉はびーびー泣く紬の背中を擦りつつ、どういうことなのと俺たちに説明を求めた。朝倉もどうして俺が狙われたんだと、俺たちを不思議そうに見ている。

「先生。横の人の熱心な視線に気づこう」

 朝倉に憧れている佳希も、思わずそうツッコミを入れてしまうほどの鈍感具合だ。

「えっ」

 朝倉はそこで横を見て、キラキラした笑顔を浮かべる増田を見る。その顔は、横から見ていたら、どう考えても憧れの人に出会って興奮していると解るもの。

「増田君がどうかしたのか?」

 しかし、憧れを向けられる朝倉には解らないらしい。

 が、俺だって理解したくない。世界一位の魔法使いの憧れが、こんな冴えないオッサンだなんて。

「増田先生の目標は、朝倉先生なんですよ、たぶん」

 旅人が何で解んないんだよと、呆れながら指摘。

「えっ?」

 で、指摘されてもきょとんとしている朝倉だ。しかし、増田はそうなんだよと大きく頷く。

「本当、君たちが羨ましい。ああ、俺だって薬学科に入りたいよ。それなのに魔法科の科長だなんて・・・・・・必死に魔法省に訴えて、この第三魔法学院にしてもらったけど、やっぱり満足出来ないよぅ。朝倉先生から色々と習いたいんだよぅ」

 そしてううっとこっちまで泣き始めた。

 もはやカオスだ。

 みんなの憧れ、世界一位の魔法使い、日本の至宝の国家魔法師が、魔法薬学研究科に入りたいと泣き始めるなんて!

「って、なんで世界的な魔法使いが第三なのかと思ったら、朝倉がいるからかよ!」

 しかし、そうツッコまずにはいられない。

「えっ。そうだったのか。第一は人材が豊富だから、増田君に頼む必要はなかったんだなって思ってたのに」

 でもって、全く増田の気持ちに気づいていなかった朝倉が、そんな酷いことを平然と言う。

「そんな。伝説の国家魔法師、それでいて薬学をも自由に使いこなす天才。そんなあなたが、俺の気持ちにさっぱり気づいていなかったんですか」

 増田は酷いですと捲し立てる。その姿は、一方的な好意のうえのストーカーと言えなくもなかった。

(ん? ストーカー?)

 俺はそこでさらに嫌なことに気づき

「あの。増田先生が容赦なくストーカーを葬り去っていたのって、ひょっとして朝倉先生に危害を加えようとする奴が多かったからですか? さっきの紬ちゃんみたいに」

 と、先ほどの事件に繋がるのかと訊ねる。

「ああ。俺が朝倉先生を追い掛けているのを知って、色々と勘違いが発生するみたいで」

 増田はぐすっと鼻を啜りながら認めた。

(な、なんて迷惑な男なんだ)

 俺だけでなく、薬学科のメンバーと友葉がそう思ったのは言うまでもない。

「えっ? じゃあ、惚れ薬が無事に完成したら、まさか朝倉先生に使うつもりだったんですか?」

 思わずという感じで友葉が訊く。

(た、確かにその疑問は尤もだ)

 俺は増田ってそっちの人なのと疑惑の目を向ける。

「まさか。いくら振り向いて貰えないからってそんなことはしないよ。それに俺のは純粋な憧れだからな。恋愛対象じゃないから!」

 疑惑に気づき、増田がぐわっと牙を剥く。その必死な様子はどっちなのか解らなくなるが、他の理由で惚れ薬の開発を頼んだのか。

「だって、そうすれば俺がゆっくり朝倉先生を追い掛けられるだろ。惚れ薬を作ってやるって言ってもらった時、どれだけ嬉しかったか」

「・・・・・・」

 やっぱり疑惑は撤回できないな。

 しかし、自分の行動のせいで色んな人に迷惑が掛かっているんだという自覚があったから、今回の惚れ薬の話に乗ったというのは理解した。

「とんだ災難だよな。増田に惚れた人たち」

 まだまだ色んなショックから立ち直れない紬が泣き続ける中、俺たちはどっと疲れたと机に突っ伏していたのだった。

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