第30話 実験は大変なものである

 ともかく、たまに噛みついてくる以外は大人しいネズミだ。大きくなったことで動きがゆっくりになったため、性格も大人しくなったというところか。

「ところでさ、小型化した生物っているのか?」

 動物科が飼っている動物ってどれも大きいし、害獣や害虫は軒並み大きいので、俺はふと疑問になる。

「いるぞ。ペンギンは小さくなったし、キリンも小さくなったな。まあ、代わりに麒麟が現われて、名称がごちゃついているが。他にも象も小型になったな。これは飛ぶためだと言われている。ちなみにペンギンは瞬間移動を習得したためだそうだ」

「へえ」

 薬学のついでに何でも調べる佳希のおかげで、小型化した動物もいることを知った俺だ。何度も言うが、隕石衝突で動植物は総て魔法の影響で変わってしまっているので、知らないものが多い。

 さらにネズミが入って来れないように魔法結界が張られているように、一般人が魔法獲得動物を知る機会はとても少ないのだ。

「よし。次の薬に移るぞ」

 駄弁っている間に佳希がちゃんと注射を打ち終え、俺はデカくて動かないネズミを檻に押し込むのだった。



「疲れたな」

「ああ」

 昼間で掛かってネズミに薬を打ち終え、後は経過観察となったのでのんびりしている俺たちだ。食事を取りながらネズミを見るというシュールな光景だが、楽なことには変わりがない。が、そんなのんびりしている中、旅人だけはぼろぼろである。

「お前、ネズミが好きな臭いでも発しているのか?」

 あの後もガジガジと囓られた旅人を見て、佳希は興味津々だ。ひょっとして何かネズミが好む成分を発しているのではと考え始める。

「止めてくれよ。ってか、なんで俺だけ」

「あっ、これじゃない?」

 ぼやく旅人の白衣に何かが着いていると指摘。俺たちはそこを覗き込むと、確かに黄色い染みが出来ている。

「何だ、これ?」

「見たところ、薬品が付いたか、それとも、動物の小便が付いたか」

 佳希の言葉に、言い方があるだろと俺は呆れる。旅人に至ってはうげっという顔をして白衣を脱ぐ。

「昨日は付いていなかったのに」

「じゃあ、ネズミに引っ掛けられたんだな。あいつら、気づいたら小便してたし」

 俺の言葉に、マジかよと顔を顰める旅人。しかし、小便くらいで囓られるか。

「面白い。後で田中先生に確認しよう」

 そう言った佳希が旅人の白衣を預かり、旅人は予備の白衣を着て溜め息を吐くのだった。



「面白いな」

「それはどっちがですか?」

「どっちもだ」

 夕方。ネズミの様子を見に来た朝倉が、旅人の白衣に付いていたのはオスがメスを呼ぶために付着させるフェロモンだと知り、興味津々だった。が、もちろんネズミの結果も気になっている。

「これが着くと、オスは敵が来たと反応して攻撃、メスはオスが来たと思って様子を窺い、気に食わなければ攻撃するってことか」

「いや、ネズミに気に入られても仕方ないんですけど、全部に攻撃された俺って何ですか?」

 あんまりだよと、踏んだり蹴ったりの旅人はぼやく。

「さて、動物の行動は興味深いが、こっちの結果はどうかな?」

 朝倉はようやくフェロモンの話題を切り上げて、二十個並んだ檻の様子を見る。すると、目を回している個体や酩酊状態の個体、何の変化もない個体とそれぞれの反応を見せている。

「Bは駄目だな。ネズミで目を回しているとなると、人間じゃあ死ぬ可能性がある。Cは反応不明か。Gも駄目。吐いた跡がある」

 朝倉がざざっと確認して、使えないものを弾く。ネズミで解ったことは、三つは使用不可能ということだ。

「Aはほどよく酔っているな。これはアンデッドの結果とも一致する。有望だ。後は、もう少し実験してみる必要があるか。一応、夢を見ているような状態みたいだな。しかし、ただ睡眠促進剤として働いているだけかもしれない」

 その他は以上のように、反応がまだどちらとも取れないとの結果だった。このまま一晩様子を見て、追加で実験するかどうか決めるという。

「はあ。薬が出来るまでって、色んな手間が掛かるんですね」

 俺はそれぞれの反応を見せるネズミを見ながら、もっと魔法薬学という名称そのものに、ぱぱっと出来ると思っていた。

「昔から薬の開発とは慎重を要するものだよ。特に隕石衝突後は色んなことが変わってしまったからね。人間での実験までの手順は煩雑だ」

 朝倉はこれでも簡単にやっている方だよと教えてくれる。俺は奥深いんだなと感心するしかなかった。

「さて、続きは俺がやるから、君たちは帰ってもいいぞ。そうそう。野良アンデッドが彷徨いているという話があるそうだ。気をつけるように」

「は?」

「野良?」

 帰るのはいいとして、変な注意じゃないかと俺たちは固まる。

「まさか、魔法師の呪縛を振り切ったんですか?」

 しかし、アンデッドにまで詳しい佳希がそう訊ねた。そう言えば、アンデッドには従わせるための魔法を使っているんだったっけ。

「もしくは、使役していた魔法師が何らかの理由で亡くなったか、だろうな。ともかく、国家魔法師が片付けるまでは注意してくれ。野良化すると一気に凶暴になるのが奴らだからな。見つけたらすぐに近くの建物に避難すること」

「はい」

 俺たちは返事をすると、危なそうだから固まって帰ろうということになった。ついでに友葉にも思念伝達を送って一緒に帰るかと問う。

「友葉と紬ちゃんも一緒に帰るって」

「おっ。問題の夢見る少女だね」

 それに反応したのは朝倉だ。この実験の発端となっただけに、朝倉も紬に興味があるらしい。

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