2021/11/03

ロブ・ロイ

 赤いカクテル、ゆらりと揺らして、消えない想いを持て余す。

 度数の強いお酒で忘れようとしたところで、そんなことは出来はしないと、そう、わたしは知っている。

 あまりに強く、わたしの胸に焼き付いてしまったものだから。あまりにたくさん、愛しさを抱えてしまったものだから。

 なにものにも、この想いをかき消すことは、踏みにじることは、できやしない。

 そう分かっていて、それでも――いや、だからこそわたしは、カクテルを揺らし、口にふくんだ。

「……ごめんね」

 愛しさを抱き抱えるように、呟いた。

「でも、悪いとは思わないわ」

 カクテルに添えられていた、赤いチェリーをつまみあげる。

 ぷつり、という音と共に口内に転げ落ちた実を、そっと転がして、歯を立てて。

 とろり、とろけた甘いそれを飲み込んだ。

「ねぇ、好きよ。わたしはあなたが、なにものにも変えられないほど好きよ」

 ガラスに口をつけて傾ければ、冷たいのに熱いカクテルが喉元を過ぎていく。

「わたしはね、それほどまでにあなたを愛してるの。――じゃあ、あなたは?」

 隣で眠りこけている、あなたに問う。

 こちらに顔を向けて目を閉じたのは、もうずいぶん前のこと。下戸なあなたは、飲みやすいくせして度数の高いカクテルを飲んでしまったものだから、こんなことになっているわけ。

「わたしは大好きよ。ほかの誰よりも、あなたのことが」

 グラスに残った最後のひとくち、口にしてからキスをした。

 あなたの、のんきに寝息を立てる、その唇に。

「――すみません、ロブ・ロイをひとつ」

 特別な瞬間を噛み締めたのち、バーテンダーに声をかける。

「どうぞ。……今日は他のカクテルを飲まないのですか?」

「ええ。たまにはいいじゃない?」

 中身で赤く色づいたグラスを差し出した、バーテンダーのことは適当にあしらって。

 わたしは、未だ眠るあなたを見つめていた。

 愛しくて仕方のない、わたしだけのあなた。

「――今日はロブ・ロイのあなたの心を奪いたい夜なのよ」




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 ロブ・ロイ――カクテル言葉は「あなたの心を奪いたい」

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風の囁きを探して 秋本そら @write_cantabile

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