2021/05/25

見えない無数の切り取り線で

 サイズの合わないヒールサンダルで急ぎ足。

 忙しなく進む人々を見ていると、特に理由もないのに早歩きになる。

 小指が、足裏が、音にならない悲鳴を上げる。

 締め付けられて、固定されて、なんだか纏足みたいだ、なんて。

 けれど、今だけは我慢してもらおう。

 痛みよりも、心躍るような出来事のほうが大事。

 それこそ、今日履いているのが、サイズの合わないヒールサンダルだなんてことを、忘れちゃうくらいに、胸が高鳴る素敵なこと。


 つい見上げてしまう、都会特有の高層ビル。

 首が痛くて、日が眩しくて、結局すぐに前を向くけれど。

 あの無数にある窓の向こう側、どんな人がいるんだろうか。

 なにをして、どんな会話をして、どんな表情をしているんだろう。

 想像したらきりがないから、考えたりはしないけれど。

 未知の日常に思いをはせて、高層ビルにカメラを向けた。

 かしゃり、シャッターが開いて閉じる、一瞬の音。


 不意に見つけた、ミニチュアの街。

 広場の花壇に植えられた、草花に埋もれるようにして。

 一昔前の西洋のような、そんな家が立ち並ぶ箱庭。

 草は蒼く、花は鮮やかで、家はあたたかな色をしている。

 花の蜜目当ての蜂に驚いたけれど、そっと距離を取りしゃがみ込む。

 目に、記憶に焼き付けながら、メモリーカードに記録する。

 かしゃり、シャッターが開いて閉じる、一瞬の音。


 ふと見上げた空。揺れる木々。咲きかけの紫陽花。枯れかけの躑躅。

 遊ぶ幼子。一服する老人。スマホを眺める青年。本を抱えた女性。

 工事現場。バスターミナル。路面電車。さびれた廃屋。

 私は何度でも、一眼カメラのシャッターを切る。

 心が見えない切り取り線を見つけ出して、日常を切り取ろうとするから。

 自分が望む構図で、あるいは感情を揺さぶられてつい無意識に。

 カメラの設定を変えて、一番それが美しく映るように。

 あるいはそれが、一番誰かの心を揺さぶる形になるように。

 自分が見たもの、見せたいものを、思い通りに残していく。

 ときどき失敗もするけれど、試行錯誤の連続だ。


 感情を動かすものがあふれる街中。

 けれど、気付かなければ意味がない。

 見出すのはすべて、自分次第。

「さて、次はなにを撮ろうかな」


 見えない無数の切り取り線で。

 私は自分だけの「特別」を囲う。

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