第50話 空気

お化け屋敷を出た後、健太君から偉そうに「ビビりすぎ」と言われ、後悔が襲い掛かってくると同時に、軽くイラっとしていた。



『ビビりすぎなのはそっちじゃん… 叫びながら走って逃げたのはどっちよ…』



軽く不貞腐れながら歩いていると、愛子が観覧車を指さす。


「疲れたから観覧車で休憩しよ!」



『さっき休憩したばっかりじゃん… 叫びすぎて疲れたってことか。 ん? 待てよ? 観覧車って4人乗りだよね? 結衣子ちゃんと鈴本君が二人で乗るとして… 絶対無理!』



危機感を覚えたんだけど、愛子たちはさっさと行ってしまい、鈴本君も結衣子ちゃんの手を握ったまま、さっさと行ってしまう。


『やだやだやだ! ほんと無理だから!!』


気持ちを表すように、その場に立ちすくんでいると、後ろにいた井口君が切り出してきた。


「置いてかれてんぞ?」


「絶対無理!」


思わず大声で言ってしまうと、井口君は少し顔を近づけ、小声で切り出してきた。


「弘樹と酒井、もうちょいだと思わね?」


「え? 鈴本君ってやっぱそうなの?」


「見てればわかるじゃん。 援護射撃してやろうぜ」


「援護射撃って…」


言葉の途中で背中を押され、観覧車の列に並んでしまった。



さっきと同様、鈴本君は当たり前のように年配係員と少し話した後、二人でゴンドラに乗り込み、結衣子ちゃんは茹で上がっていそうなほど、顔を赤らめる。


「わかにゃん、先に乗っていいよ」


結衣子ちゃんと鈴本君がゴンドラに乗り込んだ途端、愛子が振り返り、嬉しそうな声で告げてくると同時に、愛子は私の背後に回り込んだ。


愛子が後ろに回り込んだせいで、私の隣には健太君の姿…


『絶対無理だから!!!』


叫びだしたい衝動に襲われる間もないままに、背中を押され、ゴンドラに押し込まれてしまったんだけど…


振り返ると、井口君が当たり前のように乗り込み、その後ろから健太君までもが乗りこんできた。


「え?」


言葉が出る前に扉を閉められてしまい、愛子は観覧車の前に取り残される始末。


井口君は私の隣にどっかりと座り、健太君は向かいで井口君を睨んでいた。


理解が追い付かないまま、ゴンドラは上昇していたんだけど、少し上昇したところで健太君が切り出した。


「お前、マジでさっきから何なの? 俺が乗ろうとしたら引っ張ったろ?」


「手が滑っただけだしぃ~」


「ふざけんな!」


健太君が怒鳴りながら立ち上がると、ゴンドラが大きく揺れる。


咄嗟に手すりに摑まると、井口君がやる気のない感じで口を開いた。


「立ち上がらないでくださ~い。 ゴンドラが大きく揺れるので大変危険で~す」


健太君は井口君を睨みながらシートに座ったんだけど、それ以上は誰も口を開こうとはせず、とにかく空気が重い。


『か… 帰りたい… 本気で帰りたい…』


重苦しい空気の中、ゴンドラはゆっくりすぎるくらいゆっくりと動いていたんだけど、ふと窓の外を見ると、結衣子ちゃんと鈴本君が二人並んで座っているのが視界に飛び込む。


「井口君、あれ…」


そう言いながら、結衣子ちゃんたちの乗るゴンドラを指さすと、井口君は意味深な感じで聞いてきた。


「なんで向かい合わずに並んでるんだろうな?」


「それ、本人たちに聞かないであげてね?」


「んな野暮なことはしねぇって。 いじり倒すけど」


「やめなって。 そっとしといてあげよ…」


言葉の途中で健太君が咳ばらいをし、再度重苦しい空気が漂い始める。



『飛び降りてもいいですか?』



そんなことを思いながら、ゆっくり過ぎるくらいゆっくり動くゴンドラの中で、口を閉ざし続けていた。

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