第43話 傷口

週明け、学校に着いてすぐ、玄関で磯野さんと会い、磯野さんは目を真ん丸にして驚きの声を上げた。


「え? ええ!? どうしたの!??」


過剰な反応に苦笑いしながら事情を話すと、磯野さんは羨ましがる言葉を並べる。


他愛もないことを話しながら教室に入り、1時間目の体育に間に合うよう、更衣室に向かった。


体育の後は化学実験室に向かい、その後、家庭科室で調理実習がありと、この日は教室移動が多いせいか、井口君と顔を合わせることはなかった。



放課後、帰宅しようと校舎を出ると、駆け寄る足音が聞こえてきた。



『愛子? ポーチを置きに来ることすらめんどくさくなったかな?』



そう思いながら振り返ると、驚いた表情の井口君が立っている。


井口君が言葉を発する前にその場を後にし、急いで駐輪場に向かっていた。



『見られた… 別にいっか。 私には関係ないもんね』



そんな風に思いながら自転車を漕ぎ、公園の前に差し掛かると、マルがベンチで日向ぼっこをしている。


自転車を端に停め、マルに駆け寄ると、マルは一晩経って認識してくれたのか、『お帰り~』と言わんばかりに「にゃ~」と一鳴き。


「脱走しちゃダメだって言ってるのに… ほら、帰ろ」


マルに声をかけたんだけど、マルは誰かを待っているのか、なかなか動こうとしてくれない。


必死にマルを説得していると、背後から足音が聞こえ、振り返ると健太君が歩み寄ってきた。


「よ。 久しぶり」



正直言って会いたくなかった。


ずっと電話もメールも無視していたし、何より過去にあんなことがあったこの公園で、健太君には絶対に会いたくなかった。



挨拶の言葉さえ出ないまま、黙っていると、健太君はごくごく普通に話しかけてくる。


「今帰り?」


「…うん」


普通に返事をしたつもりなのに、消え入りそうなほど小さなかすれた声が出るだけ。


「愛子からこの時間にここの前を通るって聞いたから、学校さぼっちった!」


「…そうなんだ」


「何度も電話したんだけど、忙しかったん?」


「…うん」


「折り返せよ」


吐き捨てるように小声で言われ、何も言い返すことができない。


健太君は「はぁ~」と大きくため息をついた後、私をジッと見つめてきて、目を逸らすことしかできなかった。


「…卒業式の後、なんでここに呼び出した?」


辛い記憶を掘り返す事を平然と告げる健太君に、返事をすることすらできない。


「なんでここ呼び出した?」


傷口を抉る言葉を並べられ、逃げ出したい気持ちが大きくなっていくけど、健太君の視線は一瞬の隙も与えてくれない。


黙ったままうつむいていると、健太君は再度大きくため息をついた。


「あの時と一緒だな。 愛子が俺に告ってきて、若菜は何も言わねえでそこで立ってるだけ。 マジでなんなの?」


「そ、それは…」


「なんであいつと付き合わなきゃいけねぇの? 俺は若菜が告ってくると思ったからここに来たんだけど? なんであいつが告ってきてんの」


「で、でもOKしたのは健太君じゃん」


「あの場ではああ言うしかなかっただろ?」


悔しそうに呟く健太君に違和感すら覚えてしまう。


「…別れた後も愛子と会ってるじゃん」


「友達に戻ったから。 別れた後、友達に戻っちゃいけないなんてルールあんの? 個人の自由じゃね?」



健太君の口から放たれる言葉は、理解も納得もできない。


別れた後に友達に戻ることは、確かに個人の自由だけど…


元カノの家に行くって…


しかも二人っきりって、間違いがあってもおかしくないんじゃないの?


それっていつでもよりを戻せる状態なんじゃないの?


みんな… それが普通なの?



考えれば考えるほど過去の記憶が鮮明に蘇り、呼吸することすら辛くなっていた。


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