第26話 苦手

夏休み前は全くと言っていいほど話さなかった、磯野さんと青山さんに切り出され、4人で自然と集まることが多くなり、美穂ちゃんと朋美ちゃんとは話す機会が減っていた。


そのせいなのか何なのか、朋美ちゃんのタイムラインには文句タラタラ。


朋美ちゃんは、磯野さんが苦手なようで、近づいてくることはなかったんだけど、とある日のタイムラインには、『裏切り者のせいで二人になったけど、二人のほうがいいから問題なし!』とのメッセージが上がっていた。


このことがあったせいか、お昼休みに屋上の手前にある踊り場にも、自然と行かなくなっていた。



翌週の調理実習の時には、磯野さんと青山さんに教えながらハンバーグを作り、出来上がったハンバーグをお皿に盛り付け。


結衣子ちゃんが作ってくれたニンジンのグラッセを、さりげなく磯野さんのお皿に移し替えると、磯野さんが切り出してきた。


「ん? 若菜ちゃん、ニンジン嫌いなの?」


「うん… 好きくない…」


「子供か!!」


「食べられるよ! けど、グラッセだけはちょっと…」


「好き嫌いはよくありません! 全部食べなさい!」


チャイムが鳴ると同時に、半ば強制的に、お皿にニンジンを戻されてしまい、どうしようか考えていると、中尾君と井口君が調理室に現れた。


井口君は鈴本君の班を少し見た後、私の隣に来るなり、お皿に盛りつけられたハンバーグを見て切り出した。


「うまそうじゃん。 一口食わせてよ」


「ヤダ」


「今日弁当忘れたから! マジで一口だけ!!」


「あ、ニンジンなら食べていいよ?」


「え? その甘いニンジンだけはちょっと…」


「嫌いなんだ…」


そう言いながらグラッセをフォークで刺し、井口君の口元へ運ぶ。


「え? いやさ… 俺、唯一食えないのがその甘いニンジンで…」


「ニンジン、全部食べなきゃハンバーグあげない」


はっきりと言い切ると、井口君は顔をゆがめながら小さく口を開け、その中に無理やりニンジンを押し込んだ。


井口君は、一切口を動かさず、表情を固めたまま調理室を後に。


「吐いたかな?」


「つーか、若菜ちゃん鬼じゃね? 嫌いって言ってるのに無理やり食わせるってさぁ…」


笑いながらそう言ってくる青山さんと少し話していると、再度井口君が調理室に現れたんだけど、手にはペットボトルの水を持っていた。


「あと2個だろ?」


「へ? 食べるの?」


「ハンバーグ食いたいし、我慢する」


井口君ははっきりそう言い切った後、待ち構えるように口を開ける。


再度フォークでニンジンを刺し、口の中に入れると、井口君はほとんど噛まないままにニンジンを水で流し込んだ。


結局、井口君は苦手なニンジンを全て食べ、ハンバーグを食べようとした途端、他の班に付きっきりだった先生に気づかれ、調理室を追い出されていた。


「うわ! ハンバーグのために嫌いなニンジン食ったのに、追い出されるとか、マジでついてなくね?」


磯野さんと青山さんが大笑いする中、少し可哀そうに思いつつも、ハンバーグを食べていた。



放課後、学校を終えて帰宅すると、マルがベッドで仰向けになりいびきをかいている。


その姿を見ているだけで、なぜか井口君のことを思い出していた。



『我慢してニンジン食べたのに、ハンバーグ食べられなかったな… お弁当、作ってあげたほうがいいのかな…』


気持ちよさそうに眠るマルを見ていると、ふと過去のことが頭をよぎる。



いきなり「ねぇ! どこ中?」と聞かれたことや、「番号教えて」としつこくされたこと。


身を挺して守ってくれたことや、酔っておもちゃのように振り回されたこと。


ドンちゃんを追いかけ、滝つぼでドッキリを仕掛けられたことや、二人で大きなイカを釣り上げた事を思い出していたんだけど、どう考えてもマイナス要素のほうが大きい。



『なんだよ… 今までのツケが回ってきただけで、気にすることなんて何もないじゃん。 バカバカしい…』


軽く不貞腐れながらマルのおなかに顔をうずめ、大きくため息をついていた。

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