第27話 文化祭

井口君が嫌いなニンジンを完食した翌日。


井口君はへこんでいるようで、私が近くにいても話しかけてこなくなっていた。


話しかけてこないことに、最初は罪悪感を感じていたけど、数日経つと罪悪感も忘れ、普段通りの日常に戻る。


数日後には、体育祭の準備に取り掛かり、井口君のクラスと合同で参加することになっていたんだけど、男女で競技が違うせいか、ほとんど話すことはなかった。


体育祭当日は、あいにくの雨で延期。


延期になってしまったまではいいんだけど、結局台風が直撃し、体育祭そのものが中止になっていた。


体育祭が中止になってすぐ、文化祭の準備に取り掛かったんだけど、私のクラスはフリマを出店することに決定。


「商品が不足しているようだったら、手作りしよう」という話になっていたんだけど、思ったよりも物が多く、看板を作っただけで終わっていた。



文化祭当日。


午前中は店番担当だったため、ずっと教室にいたんだけど、ほとんどお客さんが来なかったから、青山さんたちと話しているだけ。


井口君のクラスはお化け屋敷をしていたんだけど、ものすごく人気で、大行列が出来上がっていた。



グダグダ話をしているうちに時間が過ぎ、午後は結衣子ちゃんと二人でお店を見て回る。


話しながら歩いていると、他校の制服を着た男子生徒が、数名のグループで歩いているのが見え、結衣子ちゃんに切り出した。


「あれ? 他校の団体がいる…」


「男の子ばっかりだし、男子校なのかな?」


結衣子ちゃんの言葉を聞いている途中、他校の生徒たちの中に健太君の姿を見つけ、慌てて踵を返し走り出した。


屋上手前にある踊り場まで走り、息を切らせながら激しく暴れまわる心臓を抑えつける。



『なんで? なんで来るの? 愛子と別れたんじゃないの? つーか逃げることないじゃん…』



大きく息を吐き、呼吸を整えていると、背後から結衣子ちゃんの声が聞こえてきた。


「若菜ちゃん?」


「ご、ごめん! 何でもないよ!」


結衣子ちゃんは大きくため息をついた後、私に近づき告げてくる。


「彼ら、午前中にあったバスケ部の招待試合で来たみたいだよ。 磯野さんが言ってた」


「そうなんだ。 も、もう大丈夫だから! 気にしないで!」


「もしかして、前に綾乃ちゃんが話してた子がいた? 中学の卒業式の後に…」


「ほ、本当に大丈夫だから! 行こ!」


結衣子ちゃんの腕を引っ張り、教室に戻ろうと歩いていると、お化け屋敷の列に並ぶ健太君の姿を再度見つけてしまい、慌てて物陰に隠れた。


「何してんの?」


突然、背後から聞こえてきた声に、体がビクッと跳ね上がると、井口君がキョトーンとした表情をしたまま立っていた。


「か、かくれんぼ的な?」


「は? 誰と?」


「…一人で?」


「それ、寂しすぎないか?」


何の反論もできずにいると、結衣子ちゃんが言いにくそうに切り出した。


「会いたくない人がいるみたいで…」


「H組の渡辺?」


「そ、そう!」


「うちのクラス逃げれば? お化け屋敷だから暗いし、裏に隠れれば見つかんないだろ? 俺も戻るとこだし行こうぜ」


半ば無理やり腕を引っ張られ、健太君の横を通り過ぎ、D組の教室に連れていかれると同時に、仕切りの裏に身を潜めた。


井口君は、人が通りかかったときに、仕切りになるベニヤ板を、裏から叩く役のようで、だるそうに壁に寄りかかり、定期的にベニヤ板を叩く。


『つまんなそう… ある意味罰ゲームに近くない?』


そんな風に思っていると、ベニヤ板の向こうから、数名の男子生徒の声が聞こえてきた。


「男だけで入ってもつまんねぇな」


「つーか、若菜ちゃんってどれよ?」


「さっきこの中に連れて行かれたと思うんだけど…」


「若菜ちゃ~ん! 愛しの健太が呼んでるよぉ~」


思わず呼吸が止まった瞬間、井口君は今までにないほどの力でベニヤ板を殴り、ベニヤ板には大きな穴が…


低い叫び声が聞こえると同時に、慌てて膝を抱えてしゃがみ込み、息をひそめていた。


「康太! てめぇ何壊してんだよ!」


「あ… すまん…」


「すまんじゃねぇよ! どうすんだよこれ! つーか腕抜くな! 裏が見えるだろ!」


井口君は近くにいた男子生徒から、囁くような声で怒鳴りつけられ、腕を抜くこともできず、私のことを見つめてくるばかりだった。


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