第21話 友達

真剣な表情でリールを巻く、井口君の腕の中でうつむいていると、井口君は大きなアオリイカを釣り上げた。


「でっかいエギ!!」


思わず興奮し、大きな声を上げると、井口君は私から離れ、釣り上げたばかりのアオリイカを締め始めた。


「すんごい手慣れてる…」


「まぁな。 イカは久々に見るわ。 つーかエギって…」


「え? なんで? エギじゃん」


「エギングじゃねぇし。 つーか、ハゼが釣れてたのに気が付かなかったろ? イカが抱きかかえてんぞ?」


井口君の言葉も聞かず、さっさと餌をつけ、水面に仕掛けを投げ入れると、井口君は笑いながら竿を振り、言いにくそうに切り出してきた。


「……めよ?」


「へ?」


「…ブロック外して、また二人で釣りしよう。 嫌?」



すごく寂しそうで、今にも泣きだしそうな表情を見ていると、再度、胸の奥がグっと締め付けられてしまう。



本当は優しくて、良い人だったのかもしれないのに…


ずっと自分の中で『ナンパ師だ』と決めつけ、偏見の目で見ていたせいで、本当の井口君の姿なんて見てなかったのかもしれない…



そう思うと、どんどん罪悪が大きくなり、自責の念に駆られてしまう…



どんどん大きくなっていく罪悪感に、押しつぶされそうになっていると、井口君が耳元でささやいてきた。


「・・・・てる」


「え?」


「引いてる」


勢いよく竿を立て、リールを巻くと、針先にはそこそこの大きさのハゼが釣れていた。


「イカじゃなかった…」


自分でハゼを外している最中、今度は井口君に当たりがあり、大きなアジが3匹も釣れていた。


「好き?」


しゃがみ込み、アジを外す井口君に、何気なく聞いたんだけど、井口君はなぜか固まり、顔を真っ赤にして小声で答えていた。


「…めっちゃ好き」


「そうなんだ。 一番好きなのは投げサビキ?」


「な… え? 投げサビキ?」


「うん。 いっぱい釣ってるから好きなのかなって…」


「え? そっちの話?」


「そっち?」


「あ、いや… なんでもない… 一番好きなのは… なんだろうな…」


井口君は顔を真っ赤にしたまま、歯切れの悪い感じでそう言うと、カゴに餌を詰め、勢いよく竿を振る。



不思議に思いながら釣り続けていると、あっという間に小さなクーラーボックスはいっぱいに。


後片付けを終え、民宿に戻ろうとしていると、冷たい風が吹き付けると同時に、雨の匂いが漂い、空には黒い雲が広がろうとしていた。


「…降りそうだね」


「ホントだ… 雨の匂いがするな」


「雨の匂いってわかる?」


「ああ。 植物の湿った匂いっていうか、土っぽい匂いだろ?」


「雨の匂いがわかる人、初めてかも…」


「この辺、山もあるし、すげーわかりやすいじゃん。 ま、気にしない奴は気にしないだろうけどさ。 早く帰ろうぜ」


井口君に切り出され、急いで民宿に戻り、調理場のドアを開けると、マリおばさんが慌てたように出てきた。


「釣り行ってたの?」


「うん。 大漁だよ」


「それより若菜、井口君にちゃんとお礼言った?」


「お礼?」


「そうよぉ。 あんた昨日何時間寝てたと思ってるの? 若菜が寝てる間に、井口君がドンちゃんのお世話をしてくれたのよ? 『起こしたら可哀想だから、俺がやります!』って、お散歩まで行ってくれたんだから」


「あ、いや、動物好きなんで、あんなのどうってことないですよ!」


初めて聞く言葉に驚いていると、マリおばさんは何度も「んもぅ!」と、少し甘えた声を出しながら、井口君の腕をバシバシと叩く。


井口君は照れ笑いを浮かべながら、マリおばさんに殴られ続けていた。



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