第20話 釣り

翌朝。


目が覚めると同時に大きく伸びをし、外を見るとまだ真っ暗。


『何時だ?』


疑問に思いながらスマホを見ると、まだ朝の4時。


いつ寝たのかもわからないけど、たっぷり寝たせいか頭がスッキリしている。


ふとテーブルに目を向けると、マリおばさんが置いてくれたのか、ラップがかかったお皿の上にはおにぎりが置いてあった。


おにぎりを食べた後、倉庫に行き、釣りの準備を始める。


キャリーのついたクーラーボックスに、釣り道具を乗せ、竿を2本持って倉庫を後に。


爆睡しているドンちゃんが起きないまま、懐中電灯の光を頼りに、防波堤へ向かっていた。



小さな防波堤に着いてすぐ、棒付きキャンディを口に咥え、懐中電灯で照らしながら、浮き釣りの仕掛けをセットしていると、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてくる。


ふと視線を向けると、井口君がポケットに手を入れて近づいてきた。



『また… いい加減にしてよ…』



苛立ちを思い出しつつも、仕掛けをつけていると、井口君は私の横にしゃがみ込み、何事もなかったかのように切り出してきた。


「こっち借りるわ」


井口君は私の返事を聞かないままに、もう1本の竿に投げサビキ釣りの仕掛けをセットし始める。


あまりにも手際よく、仕掛けをつけていく姿を見て、言葉が口からこぼれた。


「すごい… 上手…」


「俺、じいちゃんが漁師で、小さいときは一緒に住んでたから、釣りはしょっちゅう行ってたんだ。 エサは?」


黙ったままクーラーボックスを指さすと、井口君はクーラーボックスを開けた後、チューブに入った餌をカゴにセットし、勢いよく沖に向かって竿を振る。


私が普段飛ばしている距離よりも、はるか遠くに仕掛けを投げる姿に、素直に感心してしまった。


自分の仕掛けに餌をつけ、海の中に軽く投げた後、地べたに座りこむと、井口君は自分の竿先を見ながら近づいてきた途端、私の食べている飴の棒を引っ張った。


必死に離すまいと棒を噛んでいると、井口君はクスクス笑い始める。


「若菜釣ってるみてぇだな。 …このまま釣り上げたら、俺のものになる?」


「はぁ?」


思わず声に出した途端、飴は口から離れ、満足げに笑う井口君の口の中に。


「ちょっ、食べないでよ…」


「返してほしい?」


「いらない」


プイっとそっぽを向き、光を放つ浮きを眺めていると、井口君は隣に座り、再度切り出してきた。


「…今までいろいろごめん。 本当に反省してる。 いきなり『どこ中?』って『いつの時代のヤンキーだよ』って感じだよな」


「・・・・」


「…若菜が電話で話してるとこ見たら、どうしても番号が知りたくなってさ… しつこくしてごめん。 …弘樹と中尾は、俺らがドン助を追っかけるのを見て、追いかけてきたらしい。 また揉めてるのかと思って覗き見してたら、滑って滝壺に落ちたんだって。 あいつら馬鹿だよな!」


徐々に明るくなってくる中、井口君はそう言いながら立ちあがり、勢いよく竿を引いてリールを巻き始める。


「きた?」


「ああ。 多分2匹」


胸の高鳴りを抑えながら仕掛けが出てくるのを待っていると、針の先には大きめのアジが2匹。


「すご! 良い型じゃん!」


「朝マヅメ入ったかな? 満潮の時間は?」


「さぁ?」


「調べとけよ」


井口君は笑いながらアジを外し、クーラーボックスの中に放り投げる。


私も負けじと、竿先に集中していると、竿先がググッと引き、勢いよく竿を立てた。


が、なかなかの大物がかかっているようで、リールを巻くことができずにいると、井口君は私を背後から抱くように竿を抑え、私の手の上からリールを巻き始めた。


「すげ! これはでけぇぞ…」


「待って! 今退く…」


「そのまま動くな」


二人で1つの竿を持ち、井口君のペースに合わせてリールを巻く。


「悪い。 飴が邪魔。 取って」


井口君にそう言われ、井口君のほうに顔を向けると、井口君は真剣に水面を見ている。


日に焼けて、少し黒くなったその真剣な表情に、胸の奥がキュンと締め付けられつつも、急いで飴を取って顔をそむけた。


「もうちょい… もうちょい…」


こめかみに頬をぴったりと付け、囁くように言われた途端、心臓が尋常ではないほどに暴れまわり、近すぎる距離にどんどん恥ずかしくなっていく…


『やばい… 今絶対顔赤い…』


井口君の腕の中で身動きが取れず、恥ずかしさのあまりうつむき、小さくなった飴の付いた棒を握りしめていた。

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