第22話 居場所

井口君がドンちゃんのお世話をしてくれたという話を聞いた後、マリおばさんに急かされ、朝食の準備を開始しようとすると、井口君が切り出してきた。


「あの、ドン助と遊んでもいいですか?」


「いいけど… 本当にいいの?」


「はい。 ついでに飯もあげちゃいますよ」


井口君はマリおばさんにそう言い切り、まっすぐにドンちゃんのもとへ向かっていた。



井口君の笑い声を聞きながら、しばらく朝食の準備をしていると、野菜の入った段ボールを抱えたおじさんが調理場に入ってきた。


おじさんはクーラーボックスを開けるなり、大声で切り出してきた。


「でっけぇイカ!」


「そこの防波堤で釣れたよ?」


「え? 若菜が釣ったの?」


「うん」


「若菜に釣られるって、よっぽど頭悪いエギだったんだな…」


おじさんに何の反論もできず、黙ったまま朝食の準備を再開。


その後も慌ただしく、朝食の準備をしていると、カケル君の家族が食堂へ。


カケル君家族と交代するように、井口君たちが食堂に入っていくと、外から雨の降る音が聞こえてきた。


おばさんと二人、調理場で食事をとっていると、おばさんが切り出してくる。


「本格的に降ってきたわね… 今日、お休みって言ったけど、休んでも遊びに行けないでしょ? どうする?」


「こっち手伝うよ」


「じゃあ、早めにお風呂掃除して、長めの休憩取っちゃって。 洗濯はこっちでやっておくわ」


話しながら朝食を食べ終え、お風呂掃除をしていると、入り口の向こうからカケル君が顔を出してきた。


「あれ? カケル君、どうしたの?」


「ママが、『おうちかえるから、おねえちゃんにありがとしてきなさい』って言ってたの」


カケル君は今にも泣きだしそうな目で私を見てくる。



『そんなに懐かれるようなことしたっけなぁ…?』



不思議に思いながら、目に涙を溜めるカケル君の頭をなで、何度もお礼を言っていた。



数時間後、カケル君の家族を見送るため、マリおばさんと玄関に行くと、狭いロビーには鈴本君と中尾君、そして井口君の3人がソファに座り、スマホを弄っている。


3人を気に留めることなく、カケル君に視線を合わせてしゃがみ込み、話していると、カケル君は目にいっぱいの涙をため、いきなり抱きついてきた。


「どうしたの?」


「…かえるのやだ」


「そっかぁ。 じゃあ、またパパとママにお願いして遊びに来てよ。 ね?」


「うぅ…」


抱きついてくるカケル君を抱き返し、わき腹をくすぐると、カケル君は最初は不貞腐れたように抵抗していたんだけど、徐々に笑顔を取り戻し、数分後には満面の笑みで民宿を後にしていた。



カケル君家族を見送った後、ふとロビーに視線を向けると、何とも言えない異物感が視界に飛び込む。


マリおばさんは何も気にせず、私に告げてきた。


「自販機の補充したら休憩しちゃって。 夕方からまたお願いね」


「ほ~い」


気のない返事をした後、異物感を放つ3人の目の前で、自販機の補充をしていたんだけど、痛いくらいの視線が刺さってくる。


「…大変そうだな」


鈴本君の言葉を背中に受け、手を動かしながら答えた。


「もう慣れたよ。 つーか、何でここにいるの?」


「居づらいんだよ。 哲也君が部屋でイチャつき始めたし、兄貴の部屋は鍵が掛かって開かねぇし、雨で外には行けないしさ… ま、ロビーがあるだけマシかな」


「ふーん…」


話しながら自販機の補充を終えた後、マリおばさんと早めの昼食を食べ、倉庫の2階へ向かっていた。



布団の上に寝転がり、ウトウトしていると、インターホンが鳴り響く。


頭が半分眠ったままの状態で1階に行き、ドアを開けると、井口君が立っていた。


「ブロック解除してよ」


「あ、忘れてた。 ちょっと待ってて」


慌てて2階に行き、スマホを拾い上げて振り返ると、井口君は2階に上がってきている。


「…待っててって言ったじゃん」


「ドヤ顔で『改装した』って何度も言われたら見たくなるじゃん。 ほら、早く」


井口君に急かされ、目の前でブロックを解除すると、井口君はすぐに私にメッセージを送り、ジッと見つめてきた。


「…他にもなんかある?」


「『帰りたくない』って抱きついていい?」


「ブロックしよ…」


「嘘! 冗談!! ホントごめんなさい! 大人しく戻ります!!」


井口君はそう言うと、すぐに部屋を後に。



『居場所がないって言ってたし、居座ろうとしたけど狭いからやめたのかな?』



素朴な疑問を抱きながら、布団の上に横になり、重くなっていく瞼と格闘していた。

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