第16話 バイト

カケル君と2度目の約束をした後、調理場で次の時間に食事をとるお客さんの、食事の準備に取り掛かる。


次の時間は大学生の団体さんなんだけど、7人で来ており、慌ただしく準備に追われていた。


すると、家族連れのお客さんは調理場に声をかけ、その場を後に。


しばらくすると、大勢の足音が聞こえ、足音は食堂に消えていった。


大慌てで準備をし、炊き立てのご飯をおひつに詰める。



マリおばさんがおひつを食堂に運んだんだけど、少しするとお客さんの女性が調理場に顔を出した。


「すいません、ご飯とみそ汁っておかわりできますか?」


「はい! すぐに持っていきます!」


マリおばさんが返事をした後、マリおばさんと二人でおひつと鍋を運んだんだけど、食堂に入ってすぐ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ? 若菜ちゃんじゃね?」


反応するように、声のほうを見ると、大学生っぽい人たちの中に、日に焼けて赤黒くなった鈴本君と中尾君、そして井口君の姿が…


「げ…」


思わず漏れ出た声も聞かず、マリおばさんは端に座っていた井口君に切り出した。


「え? 友達なの?」


「あ、はい… 同じ高校で…」


「えー!? そうなの!? みんな大学生じゃないの??」


「俺と弘樹と中尾は高校生っす。 弘樹の兄貴が宝くじ当てて、誘ってくれたんすよ。 奢ってやるから遊びに行こうって…」


「えー!? もっと早く言ってよぉ! んもぅ!!」


マリおばさんは「んもう!!」という度に、何度も井口君の肩を叩く。



『うそでしょ… 悪夢だ…』



ため息を押し殺しながら食堂を後にしようとすると、鈴本君が聞いてきた。


「あ、前に『おばさんの家がどうの』って言ってたのって、ここの民宿でバイトしてたってこと?」


「そうよ~。 ゴールデンウィークも手伝いに来てくれたし、テスト休み中も泊まり込みで来てくれたのよ?」


私の言葉を、マリおばさんが代弁してくれたのはいいんだけど、この言葉を聞いた途端、井口君がマリおばさんに切り出した。


「若菜ちゃんって、休みあるんすか?」


「暇なときに休むくらいね。 まぁ休みでも、こっちに友達がいないから、犬と遊んだり、一人で釣りに行くくらいだけど… そうだ! せっかくだし、遊んであげてよ。 明日、明後日休んでいいから」


「え? いいんすか?」


「いいわよ。 たまには女子高生らしい事させなきゃね」



『大きなお世話です』



そんなことは言えないまま、何の反応も示さずに廊下に出ると、カケル君が浴場から姿を現した。


「あー! おねえちゃーん!! ごはんいっぱいたべたよぉ!!」


「おいしかった?」


「うん! おなかこんななっちゃった!」


カケル君はTシャツをまくり上げ、息をいっぱいに吸い込み、おなかを突き出してくる。


『かわいい… 癒される…』


カケル君の無邪気な可愛さに癒されながら、名前を教えていた。



カケル君と話した後、調理場の隅で食事をとっている最中、大勢の足音が食堂から出てきて、思わず背を向けた。


急いで食事を終えた後、食堂の後片付けをし、倉庫に向かうと、ドンちゃんが尻尾をブンブンと振ってくる。


「あ… ごめんごめん。 ごはんまだだったね」


慌てて倉庫に駆け込み、ドンちゃんの食事の準備をして倉庫を後に。



民宿の場所までは誰にも言ってないから、ここに来たのは、本当に偶然だとは思うし、しばらく休みがなかったから、久しぶりの休みは嬉しいんだけど、まさかこんなところで会うなんて信じられない。


『サーファーでナンパ師だったんだ… なんか妙に納得しちゃうなぁ… 海で知り合った人に、ああやって声かけてたんだろうな… あの女の人たちも、海でナンパしたのかな…』


勢いよくご飯を食べるドンちゃんを眺めながら、妙な寂しさを感じていた。

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