第17話 悪ふざけ

翌朝。


急遽休みになったんだけど、朝食の準備を手伝っていた。


朝食の準備をした後、ドンちゃんにご飯をあげ、今度は自分の朝食を食べる。


散歩が長時間になることを想定し、水着の上にパーカーを着込んだ後、散歩用バックの中に、麦茶を入れた水筒と棒付きキャンディを忍ばせる。


普段よりも早い時間にドンちゃんを散歩に連れて行こうとすると、カケル君が駆け寄ってきた。


カケル君は、笑顔でドンちゃんを撫でていたんだけど、早くこの場を去りたくて仕方ない。


「パパとママは?」


「うみにいくじゅんびしてるよ」


「カケルくんは準備しなくていいの?」


「もうしたよ! みずぎきたら、わかなおねえちゃんとあそんでいいってママにいわれたんだ!」


正直、カケル君につかまるのは大誤算。


井口君たちにつかまる前に、ドンちゃんを散歩に連れていき、そのまま逃げようと思っていたんだけど…


幼いカケル君にそっけない態度をとるわけにもいかず、追い払うこともできずにいた。


少しすると、カケル君のパパとママが現れ、カケル君はパパとママの元へ。


「おねえちゃん、あとでね~!」


カケル君に手を振り返し、急いで滝壺に行こうとリードを外した瞬間、ドンちゃんが『待ちきれません!』と言わんばかりにマジダッシュ。


慌てて追いかけると、民宿から出てきた井口君が、咄嗟にリードを踏みつけてくれたんだけど…


ハスキーとしての本能が表れたのか、野生の本能が表れたのか、ドンちゃんはこんなことで止まるわけもなく、リードを引きずりながら走り去り、井口君もドンちゃんを追いかけてくれた。


「ドンちゃん! 待って!」


走りながら声をかけても、ドンちゃんは止まってくれず…


井口君も走って追いかけてくれたんだけど、狩猟本能を剥き出しにし、マジダッシュをしているドンちゃんに追いつくわけもなく、そのまま滝壺の方へ姿を消していた。



滝壺に着くと同時に、視界に飛び込んだのは、息を切らせ、大きな岩の上に座り込む井口君と、優雅に泳いでいるドンちゃんの姿。


呼吸を整えながら井口君に近づくと、井口君が切り出してきた。


「ちゃんと… 掴んどけよ…」


「いきなり走ると… 思わなかったし…」


そう言いながら、バックから水筒を出し、井口君に差し出すと、井口君は水筒を見て少し躊躇していた。


「いらない?」


「いや、欲しいけどさ… 俺が飲んだら、変態だのなんだのって怒んない?」


「ドンちゃん追っかけてくれたお礼だから言わない」


「んじゃ遠慮なくもらう」


井口君はそう言った後、水筒に入っていた麦茶をグビグビと飲み始める。


すると、ドンちゃんが私に駆け寄り、何かを催促するように尻尾を振ってきた。


カバンからゴムボールを取り出し、滝壺に向かって投げると、ドンちゃんはボールを追いかけて、大きな音とともに、大きな水しぶきを上げる。


しばらくボールを投げて遊んでいると、井口君が言いにくそうに切り出してきた。


「…あのさ、ずっと泊まり込みのバイトで、こまめに連絡とってる奴っていたりする?」


「いない」


「じゃあさ、たまに連絡がきたり、こっちから連絡したりとかは? その… 家族とか親戚関係じゃなくて…」


「何が聞きたいの?」


「…好きなやつとか、彼氏とか、何も言わないのかなぁってさ。 ほ、ほら! 早朝からすげー頑張ってるのに、文句言われたら可哀想だなぁって」


「そういう人はいない。 つーか、大きなお世話」


「そっか…」


井口君はそういった後、私の横に立ったんだけど、痛いくらいの視線を浴びせてくる。


「…何?」


「俺がその対象になるのはアリ?」


「は?」


「俺、本気で若菜のこと…」


井口君がそう言いかけた瞬間、背後から『バシャーン』という音とともに、無数の水滴が飛び散る。


慌てて振り返ると、背後にある滝壺の中から、鈴本君が顔を出してきた。


「ふざけんな中尾! 何押してんだよ!!」


「ごめんって! 聞こえなかったから!!」



『は? 覗いてた? もしかしてドッキリ仕掛けようとした?』



怒鳴りあう二人の会話を聞いていると、何とも言えない苛立ちが、沸々と沸き起こってくる。


「ドンちゃん! 帰るよ!!」


荷物をまとめ、八つ当たりをするようにドンちゃんを呼ぶと、ドンちゃんは何かを悟ったのか、大人しくいうことを聞いてくれた。


ドンちゃんにリードをつけ、苛立ちを抑えきれずに歩き出すと、井口君は慌てたように腕をつかんでくる。


「ちょっと待てって!」


「最低のクズ野郎…」


「ち、違うから!」


「失敗したんだからもう諦めたら? ネタばれした後になんか言っても驚かないよ。 つーか、悪ふざけもいい加減にして」


はっきりとそう言い切った後、勢いよく走りだし、その場を後にしていた。

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